新ヒロインは行動把握系乙女
一通りの騒ぎを終えて、真田と遥香は向かい合って座る。海野は資料片手に小説を書き始めた。
「え~と、それで私と信高くんは、お、お、お、お付き合いするってことでいいんだよね!」
顔を真っ赤にしながらそう叫ぶ遥香。それに対して真田は不思議そうに首を傾げる。
「いや、そういうことではないけど?」
「……え?」
真田の言葉に遥香の笑顔が凍る。それを気にせずに真田は言葉を続ける。
「遥香になって欲しいのは俺の『小説の』ヒロインだな」
「ぬか喜びぃぃぃぃ……!」
真田の言葉に机に突っ伏して呻く遥香。そして遥香の想いに気づかない真田。
「大丈夫、大丈夫よ遥香。こっから、ここから親密度を上げればまだチャンスはある……!」
「学園の清純系正統派ヒロインが飛んだ肉食系だな」
「海野くんは黙って! 恋は戦争なんだよ!」
「え? 遥香好きな人いるのか?」
真田の言葉に遥香の表情が強張る。海野はメモ用紙に『今なら行ける。行け』というカンペを遥香に出している。遥香は顔を真っ赤にして口をパクパクさせながらも振り絞るように口を開く。
「い、いたり、いなかったりかなぁ、なんて。あはは」
「日和りやがったな」
「海野くんは黙って!」
海野の突っ込みに怒鳴る遥香。
そして一度大きなため息を吐くと遥香は真田と向き合う。
「それで、信高くんの小説のヒロインになるのはいいけど」
「「え?」」
「え?」
遥香の言葉にマジかこいつ表情を浮かべる海野と喜色満面な表情を浮かべる真田。そしてそんな反応に逆に不思議そうにする遥香。
そんな遥香に言い聞かせるように海野は口を開く。
「相手はライトノベルの皮をかぶった官能小説を書く変態。そしてお前はその小説のヒロイン」
「既成事実チャンス……⁉」
「お前逞しすぎるよ」
遥香の眼が獲物を狙うハンターの眼になったことに真田は気づかない。
遥香は一度咳払いすると口を開く。
「小説のネタにするってことは取材とは必要だよね。遊園地でデートした後に駅前のホテルで一泊しようか」
「そこラブホテル」
「あ、そういうシーンの取材が必要だったら一泊じゃ足りないかな? 連泊しよっか。大丈夫大丈夫、私がゴムも用意しておくから」
「海野、なんか俺、背筋が冷たいんだけど」
「肉食獣に狙われた草食獣の気持ちがわかって良かったな」
完全に遥香の眼がすわっていたので真田のほうが引いている。そして海野はそれを面白そうに眺めていた。
「あ~と、ホテル云々は別にして、取材に付き合ってくれると嬉しい」
「うん! デートだよね! その後にホテルだよね!」
「どうしよう海野。なんか遥香が怖い」
「写真の題名は捕食者と獲物でいいか」
真田の助けを無視してネタをスマホに保存する海野。完全に対岸の火事である。
そして海野の肩をがっちり掴む真田。そんな真田を嫌そうにみる海野。
「おい、よせよ。仲良しにみられるだろうが」
「大丈夫、大丈夫、すでに手遅れだから。まぁ、それはいいんだ。なぁ、海野くん」
「断る」
「まだ頼んでねぇよ!」
「絶対に俺の得になることがない。だから断る」
「わかりやすいほどクソだなぁ!」
自分の得にならないから断る。海野はわかりやすいほど打算的な男だった。
だが、真田もスマホを高々と掲げながら言葉を続ける。
「お前は俺にそんな態度とっていいのか?」
「むしろお前程度が俺を脅せると思ってんの?」
その言葉に不適な笑みを浮かべる真田。
「トラップカード発動! 生徒会長の召喚!」
「やめろ貴様ぁぁぁぁぁあぁ!」
海野が慌てた様子で真田のスマホを奪うが、すでに『海野が大事な話があるって!』というメッセージが飛ばされた後であった。
それを確認してから海野は速かった。ポメラと資料を雑にバッグに入れると慌てた様子で図書準備室から出て行こうとする。
「こんなキチガイだらけの部屋にいられるか! 俺は家で執筆するぞ!」
そして海野が扉を開いたらそこに一人の女子生徒。
長い銀髪を靡かせ、スタイル抜群で百人に聞いたら百人が美女と言える顔立ち。
彼女こそがキチガイだらけの片海高校を二年生にしてまとめあげる生徒会長・木曽綴であった。
百パーセント笑顔を浮かべ、両手を広げて海野を受け入れる態勢になっている綴。それを見て海野は東郷ターンを決めて窓に向かってダッシュ。
そして窓からの脱出を阻止すべく真田が海野に向かってタックル。捕獲。
「会長! 獲物は捕獲いたしました!」
「ふふふ、ありがとう真田くん。さ、長秀くん、私達の愛の巣(生徒会室)で愛を語りあいましょう」
「離せこのストーカー女がぁ!」
「あら、心外ね」
そして綴は言い聞かせるように指を一本たてて海野(縛られている)の額にあてる。
「私は好きな人の行動を全部知りたいと思う乙女……そう、行動把握系乙女なだけよ?」
「世間一般的にそれをストーカーっていうんだよ!」
海野の魂の叫びも綴はどこ吹く風だ。流れるように海野に抱き着きながら真田と会話をする。
「それで? 私を呼び出してどうしたの?」
「俺と遥香、海野の木曽さんのダブルデートしようぜ!」
それに不思議そうに首を傾げる綴。
「私と長秀くんも一緒でいいの?」
「いや、いてくれないと俺の童貞がどうなるかわからなくてな」
「遥香……」
「ち、違うの綴。ちょっと、ちょっとだけ気持ちが先走っちゃっただけなの」
遥香の言葉に綴は呆れたようにため息を吐く。
「まぁ、私は長秀くんと一緒にいられるならそれでいいわよ」
「俺が嫌だって言ってんだ!」
縛られた状態でビタンビタンと動く海野。
それを黙らせようと真田が金属バッドを取り出したところで綴が海野の耳元で小声で何かを呟く。
そして海野の顔が真っ青になった。
美しく微笑みながら口を開く綴。
「長秀くんもいいわよね?」
「ハイ……」
「いや、海野を脅せるとか木曽さんつよ」
「綴は海野くん限定で無敵だから……たぶん海野くんのやばい情報をいっぱい持ってるよ」
「こわ」
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