文芸同好会のHI・MI・TU!

 放課後、真田は遥香を伴って図書準備室に来ていた。

「遥香はそっちに座って……あ、そこは違う。そこは海野の特等席だから座っていたら遥香の黒歴史が学園中に暴露されるぞ」

「信高くんは平然と付き合っているけど海野くんは、その……」

 言いよどんでいる遥香の意を組んで真田はお茶の準備をしながら口を開く。

「鬼畜でクソで外道だよな。あれと友達やってる奴の気が知れない」

「信高くんは鏡をみたほうがいいよ?」

「俺と海野は友達なんていうチャチな関係じゃないからな!」

 真田の惚気に遥香の笑顔が怖くなる。

「ねぇ、信高くん」

「うん? なんだ……うぉ」

 信高が驚くのは仕方ない。何せ遥香の美人な顔が真田の眼前にあった。普通であれば密着している巨乳に対して『ナイスおっぱい!』と叫ぶ真田であったが、それもできない。

 だって遥香の瞳からハイライトさんがフライハイしている。

(え⁉ なになに⁉ どっかで選択肢ミスった⁉ ロード! ロードを要求する!)

 残念ながら人生にセーブ機能とロード機能は未実装なので真田の願いは届かない。

 そしてハイライトの消えた瞳を持った遥香の顔が真田に近づいていく。

 そのままマウストゥマウスのキスシーン待ったなし遥香ちゃん大勝利まであと少しのところでそいつは来た。

「乳繰り合うなら他所に行け」

 海野の冷たい言葉に遥香は顔を真っ赤にして真田から離れる。

「待って海野くん! なんでスマホ構えているの⁉」

「俺の位置からだと完全にシてるんだよなぁ。写真いる」

「ください!」

 遥香の言葉に海野が指一本たてると千円札が遥香の財布から海野の財布へ移籍した。

 とりあえず海野は定位置に座ってポメラを開き、真田に声をかけてくる。

「真田、今日読むのは?」

「あ、今日はない」

「わかった」

 そしてそれだけ会話すると海野は本棚から資料を引っ張り出してポメラを叩き始めた。

 遥香はすすすと真田に近づくと小声で話しかけてくる。

「真田くんは何しているの?」

「公募用の小説書いてる……ああ、そっか。ここの説明もいる?」

 真田の問いに遥香は無言で頷く。すると真田は備え付けられている冷蔵庫からビールを取り出す。

「Hey! Mr海野! 文芸同好会について彼女に教えてあげて!」

「OK 真田! でもここの説明は素面じゃできないぜ!」

「任せとけ! はいよ! 『テンションが上がる麦コーラ』だ!」

 真田の投げたビールを海野は受け取り、二人は乾杯をすると一気に飲み干す。

「まずこの『文芸同好会』は俺が作った同好会だ。創部理由は単純明解。『本気で作家を目指す』。これだけだ。文芸部との違いはその在り方だな。文芸部は主に『読書をしてそれの感想や批評』が主な活動になるのに対してうちは『執筆活動』だ。俺達の書いた小説を文芸部の連中に読んでもらって意見をもらったりする」

「あいつらすげぇぞ。ほんの少しの設定の矛盾を鬼の首をとったように大騒ぎしたりすんの」

「まぁ、うちの文芸部は読書ガチ勢が揃っているから割とためになる意見も多い」

 海野はそこまで説明すると冷蔵庫からビールを取り出してまた開ける。そして一口飲んで言葉を続ける。

「新入部員もいないわけじゃないが、熱量が俺と真田についてこれなくて辞める奴ばっかりだな」

「一説には俺の全裸に耐えられないとか言われているらしいけど不本意だな。俺の全裸はこんなに美しいのに」

「その汚いヤシの木斬り落とせよ」

「待って! 色々突っ込みどころが多すぎるからちょっと待って!」

 遥香の言葉に真田と海野はアメリカンにHAHAHAと笑うと肩を竦める。

「まったく遥香も耐えきれなくて辞めた奴と同じことを言うんだな」

「幼い頃からの付き合いで『真田菌』には慣れているだろうが」

「おい、よせよ。小学生の時に虐められた時のこと思い出すだろ」

「お前が普通に虐められるわけがない」

「その通り! それ言ってきた奴に『マジ⁉ 俺菌類だった⁉ よっしゃ胞子飛ばして俺を増やそう!』って全裸で追い掛け回したら俺が職員室に呼び出されてさぁ」

「うん、その後両親も呼び出された挙句に信高くんの両親が虐めに対してマジ切れして虐めをした相手が転校に追い込まれたことまではっきりと覚えているけどそれはそれとして……」

 そして真剣な表情で遥香は口を開く。

「それ、ビールだよね」

 遥香の言葉に真田と海野は再び肩を竦める。

「おいおい遥香。ここは高校だぜ? ビールが部室に常備してあったらやばいだろ」

「そうだよね。違うよね」

「その通り。これはエールだ」

 海野の言葉に遥香はスマホでエールを検索する。

「やっぱりビールじゃない!」

「「そうともいう」」

 まったく悪びれない文芸同好会の二人。

「いや、遥香。ビールを常備しているのも理由があるんだ」

「未成年の飲酒の時点でアウトだけど、どんな理由?」

「俺の姉が飲む」

「あ(察し)」

 海野の言葉に遥香は理解した表情を浮かべる。

 海野の姉である海野巴は片海高校で教鞭をとる教師であり、文芸同好会の顧問でもある。巴は一言でいうと『女傑』である。幼い頃に両親が事故死すると親戚に遺産を騙し取られ、弟と二人きりで社会の荒波に放り出された(当時中学生)。しかし、そこでへこたれないのが巴が女傑たる所以である。新聞配達のバイト等で生活費を稼ぎ、高校、大学は特別特待生で学費免除を勝ち取り、教員免許をとって教師についた。その間、家事と弟の世話もし続けたというある意味で超人である。

 そして遺産を騙し取った親戚は中学に上がって悪いこと(違法ギリギリ)を覚えた海野によって一家離散に追い詰められたのは完全に余談である。

 超絶美人に究極的に整ったなスタイル。女神も裸足で逃げ出す美しさを持つ巴であったが唯一の欠点は酒癖の悪さであった。

 片海高校に配属され、初めての飲み会で(下心大ありで)巴を酔い潰そうとしてくる男性教員達を全員酔い潰し、最終的に校長の車を本能寺したのはもはや伝説である。

 そしてその酒好きと酒癖の悪さは学校中が知るところである。生徒達も主に成績の目こぼしをもらおうとお酒を献上するが、結果的に酒だけ奪われて成績の目こぼしはないというのが一年生夏の風物詩にもなっている。

「まぁ、そんなわけでここの冷蔵庫には酒が入っている」

「遥香も何か飲むか? ウィスキーとかもあるぞ」

「のみません!」

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