12:00

2時間は寝れた。

けれど、疲れを取るほどの深い眠りにはならなかった。


俺は気晴らしに2駅ほど散歩をしようと思い、家を出る。


真夏の炎天下で照りつけられ熱されたアスファルトが、スニーカー越しに伝わってきて火傷するほど暑い。

散歩をするのには全く適していない日だったけど、家で1人いるよりはまだ気が散漫して楽になる。


俺は線路沿いを歩いて2駅来たところで反対側の遊歩道に行き、また家に戻る道を歩く。


すると少し大きめの公園に移動販売のお弁当屋さんや飲みもの屋さんが出ていて、この暑い中でもお客さんが来てきた。


その賑わう人混みの向こうに気になる男女を俺は見つけてしまった。


親子ほど離れた見た目の2人の様子を見ると、女の子が変に距離を空けようとしている。

気が知れた仲であればそんなことしないはずなのに、少しぎこちない動きで離れようとする女の子の腕を男が掴んで離さない。


俺はそれを見て勘違いであればいいなと願いながら2人が座っているベンチに向かい、女の子の腕を掴む。


夏「アヤカ、家帰るよ。」


女「…え。」


男「誰だよ。」


夏「この子の兄です。勝手に家出したんで連れ戻しに来ました。」


男「この子に呼ばれて俺は来たんだぞ。」


夏「この人、知り合いなの?」


女「…ううん。」


男「は?お前のためにここに来たんだぞ!」


男が女の子に殴りかかろうするのを俺は背中で受ける。


女「…お、にぃ…さん?大丈夫ですか…?」


本当に今日は最悪な日だ。

たくさん嫌なことを思い出してしまう。


俺は息を乱したまま女の子の肩を抱いて男に触れられないように守る。


男「…ざまぁねえな。」


男の声はそれきり聞こえなくなったので多分どこかに行ってくれたんだろう。


俺は息を乱したまま女の子の体から離れると、その子は俺の汗ばんだ背中を躊躇なく撫でてくれる。


女「…ごめんなさい。私なんかのために…。」


俺は心の中でまじないを何度も唱えながら息を整えて作り笑顔をする。


夏「…君だから守ったんだよ。暑いからカフェ入ろう。」


女「…え?」


夏「喉、乾いてないの?」


女「乾いてます…。」


夏「じゃあ、行こう。」


俺は女の子の手を引き、近くのカフェで冷たいミルクティー2つを買って、人が少ない木陰のテラス席に座る。


女「ご馳走してくれてありがとうございます。」


夏「うん。腕、大丈夫?」


俺は女の子の腕を取って長袖で隠れてる肌を見ようと袖をまくろうとすると、女の子はとっさに腕を引っ込めた。


何かあるのかないのか分からないけど、この暑い夏に長袖を着てるのは何かしら理由はあるんだろう。


俺、嫌なことしちゃったよな。


女「すみません。肌荒れがひどいので見られたくないんです。」


夏「…ごめんね。この時期、蒸れて大変だよね。」


俺は沈黙にならないように名前を聞いてみた。


女の子の名前はてんちゃんと言って、中学2年生だそう。

今日はお兄さんに会いに来たけど朝からずっと待っても家に帰ってこなかったらしい。


けれど、実家に帰りたくないからSNSで“#家出相談”を使って、相談相手を見つけあの男と公園で出会ったという。


夏「あいつの家に行ってたらどうなってたか分かる?」


天「えっ…?相談聞くだけって…。」


夏「わざわざハッシュタグを検索して、見ず知らずの子の相談を聞く大人がこの世の中に何人いると思う?

…いないよ。全員、私欲のため。天ちゃんに都合のいいこと言って、自分の欲のために使おうとするクズしかいないよ。」


俺はこんなことを今後一切しないよう、ネット配信で聞いたリアルな情報を天ちゃんに伝える。


天「…でも、話聞いてくれるって…言ってくぅ…た…ですぅ…。」


…俺の言葉で人を泣かしてしまった。


いつも気をつけていたのに自分の機嫌が悪いからって強い言葉を投げつけてしまった。


夏「…ごめんね。俺がちゃんと聞くから。全部話してみて。」


溢れる涙を落ち着かせ、少しすると天ちゃんが腫れた目で俺の顔を見ながらゆっくりと話してくれる。


天ちゃんの家では父親が暴力を振るい、その様子を母親は怖がり天ちゃんを助けない。

学校では急にハブられて仲が良かったアンちゃんという友達とも話が出来ないような状態。

一番頼りにしていたお兄さんはひとり暮らしをしてから全く実家に帰ってきてくれない。


今まで天ちゃんはたくさんの孤独に耐えかねて、今日1人でお兄さんに助けを求めに来たという。


夏「お兄さんのことは信頼してるんだね。」


天「うん、私の好きなものプレゼントしてくれたことあるの。」


その話をする天ちゃんは嬉しそうに微笑む。


夏「そっか。お兄さんはちゃんと天ちゃんのこと見てくれてるんだね。」


天「んー…、どうだろう。話すと冷たいし、メッセージも返ってこないの。」


そうなのか。

でも今、天ちゃんの周りにいるどの人物よりも天ちゃんを見てくれている気がする。


夏「男の人って言葉遣い汚いからそう思っちゃうのかも。お兄さんは仕事してる人?」


天「学生だよ。」


夏「じゃあ今日の夜には帰ってくるでしょ。明日学校なはずだし。」


天「…確かに!」


俺はポケットに入れていた財布から1万円を出し、天ちゃんに渡す。


夏「ここから歩いて3分のところに個室の満喫があるから夜までいればいいよ。」


天「私、お金あるから大丈夫です。」


夏「中学生は大人の財力に甘えておきな。」


天「でも…」


夏「俺、あと少しで仕事だから。ちゃんとお兄さんと会ってお話してね!」


俺は立ち上がり、飲み切ったカップを片付ける。


天「夏さん、ありがとうございます!」


俺は天ちゃんに手を振りながら家に向かって走る。


今日、お泊りコースが入らないとだいぶ家計が危ない。

入らないにしてもたくさんオプションつけてもらわないと。


俺は今日の仕事のことを考えながら職場に向かった。





→ ありのまま

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