後日談1
あれから二週間が経つ。
電化製品が復活したことで、俺の生活は天地が引っくり返ったように一変した。
二度寝することのない朝。真夏日でも春先のごとく涼しい部屋。家に帰れば迎えてくれる冷えた缶ビール。爆笑コントに一人ツッコミできる居間。
大家さんに今月の電気代を請求されるまで、たしかにここは極楽浄土の天国だったんだ。
領収書の記載額、一万六千円。はい? 一瞬、目を疑った。三ヶ月分が一ヶ月で消し飛んだ。
それを来週までに納めろって? 無理無理、絶対に無理っ。ただでさえカツカツの極貧生活なのに。
とりあえず、俺は居間のエアコンの電源を切った。昼間から点けている天井の照明も落とす。無駄にうるさいテレビも黙らせる。――黙らせようとテレビのリモコンを操作したんだけど、おっと、ボタンを押し間違えてチャンネルを回してしまった。
大きなステージ上で、アイドルと思しき若い女性がマイクを片手に踊りながら歌っていた。それを一万人はいようかという群衆が取り囲み、ときに跳ね、ときに揺れている。
お笑い以外に興味はねぇ。そう思っていたはずの俺が、テレビに釘付けになっている。その理由を頭で把握するまで、そう時間はかからなかった。
「宮野 咲!?」
テレビの左下に申し訳程度に書かれた『再放送』、の下――『話題沸騰アイドル! サキノミヤさんの単独コンサート』のテロップ。サキノミヤ、この芸名の文字列を入れ替えれば、宮野 咲。声も容姿も、たぶん間違いない。
あのときは目深に黒いキャップ帽を被っていたし、まともに顔を見たのもほんの一瞬ていどで、そもそもアイドルだなんて思いも寄らなかった。
「あいつアイドルだったのか!?」
驚いているのも束の間、『ジーーーーー』という家の呼び鈴が鳴った。
「あーはいはい、今行くよっと」
今度こそテレビを消し、玄関に移動してドアを開ける。
見覚えのある黒いニット帽を目一杯深く被った女性が立っていた。バカに明るい色の短髪に可愛らしい小さな顔には、強烈な近視感がある。
「お前は、まさか」
「この家のことで、何かのお力になれたらと思いまして」
胸の高さから甘く透き通った声がした。
これは何かの夢か、幻か? やっぱり現実で、けれどドッキリの類なのか? それとも、またしても「……って、良く見たら○○じゃねぇ!?」の再来か!?
「よし……」
一先ず、落ち着こう。そのためにも一旦ドアを閉めて、一人になろう。
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