第14話

「おまえ、死んだんじゃなかったのかよ」

『神を勝手に殺すでない。まあ死ぬ覚悟でやったのじゃがな、幸か不幸か、女々しくも生き残ってしまったのじゃ』


 そう言う割りには元気そうに聞こえる。


「今何処に居るんだっ? どこから電話をかけているのか、教えてくれっ!」

『可笑しなことを言うのう。わしはここじゃ』


 ここ? だから、ここってどこだよって話だよ。


『分からぬのか? お主の手元耳元、すぐ傍じゃ』


 手元? 耳元? 辺りをぐるっと見渡しても、電貧乏神の姿はない。もしかして、宮野 咲が俺に唱えさせた奇妙な呪文の効力が切れたのか。それで見えなくなってしまっているのか?


『どこを見ておる。お主が手に持っているモノ、それが今のわしじゃ』

「いや、受話器しか持ってないが」

『ならば、それが答えじゃろ』

「この受話器が電貧乏神!? これ、俺ん家の受話器だぞ」


『正確には、受話器を含めた電話機器じゃがの、ようやく理解したか。――溜め込んできた力をすべて使い果たして弱ったわしは、とっさにあったお主の電話機器に憑依したのじゃ。しっかし、お主がブレーカー云々と騒ぎ出したときは、常のわしならともかく、流石に死を覚悟したぞ。げに恐ろしき体験だった。あれだけは、あれだけはほんに堪忍にしてもらいたいのぅ』


 ブレーカー騒動がかなり堪えたらしく、尻すぼみしていく声には怯えが混じっていた。


「悪かったな。次は雷が落ちてこない限り、ブレーカーは落ちないだろうから、安心してくれ」

『ならば、雷が落ちないよう天に祈るばかりじゃな』

「神も祈るんだな」

『ふふふ、まあな。あと半年もあれば動ける程度には回復するから、それ以降であればいくらでも落としてもらっても構わぬが』

「そういうものなのか……。っつーか俺が構うわ! お前、本当に生きてるんだよな?」


 こうして言葉を交わしていても、死者と繋がっているような奇妙な感覚が拭いきれない。


『ふふ。人間のお主は不思議に思うかも知れぬが、神の生死は形では判別できぬものなのじゃ。今はこうして、依り代があり、小さいながらも祠があり、わしを慕ってくれる者が居る。わしが電貧乏神として存続できる条件は揃っておるのだ』


 神の条件って、意外と単純なんだな。力を使いきって消滅する以外は、ほぼ無敵なんじゃないか。


「そうか、とにかく良かったよ。宮野に俺が電貧乏神様を殺したって言われたときは、ドキッとしたよ。まさか、お前がそこまでするとは思っていなかったんだ。色々と言い過ぎたのは、その……悪かったよ」


 なーにそんなこと、と電貧乏神は俺の気持ちもどこ吹く風で、大らかに言ってのける。


『わしは交わした約束を守っただけじゃ。人間に忌み嫌われるのも慣れておる。神なんてのは響きこそ偉そうじゃが、その実、使えない神は山ほど存在するのじゃ。中には、人間に害しか及ぼさぬ神も居る。破壊神であるわしもまあ、その一角じゃな……。そんなわしが死のうとも、お主が罪悪感を覚える必要はないのじゃ』


 電貧乏神が消えて困る人間は、たしかに極少数だろう。むしろ、喜ぶ人のほうが圧倒的に多いはずだ。こいつが居なければ、そもそも俺の家の電化製品が壊れることもなかったんだし。

 けど、こいつが居なければ、オルゴールは今も暗いダンボールの中にいて、残りわずかな寿命を無駄にすり減らしてくだけだったのも事実だ。


「お前は、俺の大切なオルゴールの存在を思い出させてくれた。破壊神であるはずなのに、俺のために命を削って思い出を生き返らせてくれたんだ。お前はもう破壊神失格だよ」

『酷い言われようじゃな。わしはお主の役に立てたのかのう』

「言いたくないけど、俺は電貧乏神と出会えて良かったと思う。今までの経緯を総合して、ほんの少しだけプラスだ。仮にも神様なんだから、称えられたら偉ぶって胸を張るくらいしていいんじゃないか」

『……張れる胸がない』


 たしかに無いけど、そういう意味じゃねぇよ。

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