第12話
「これ呼び鈴だ、誰か来たんだ。へへ、俺の言ったとおりだろ? 待ってろ、すぐに入ってもらうから」
俺は急いで玄関に向かった。こんなに心躍る瞬間はいつ振りだろうか。へへっ、ご苦労さん今開けるぜ。
「遅かったな、来るのを待ってた……って」
よく見たら電貧乏神じゃねぇ!?
厚化粧をした大家さんが、ぶくぶくに太った腹で間合いを詰めてくる。
「大家さん、こんな時間に何の御用でしょう」
「いやね、さっきブレーカー落としたようだから注意にね、来たのよ。あなたの家のブレーカーが落ちると、こっち家の洗面所の電気もね、一緒に落ちるみたいなのよ。次からはさ、気を付けてちょうだいね。お願いしますよ」
人の気持ちを削ぐようなネチっこい枯れた声だ。
「は、はい、気を付けます。わざわざすみませんでした」
早々にドアを閉める。
一生で一番の感動と絶望を味わった気がする。どっと疲れた。なんだよこの落ち。ってか、なんで俺ん家の電気と大家の洗面所の電気が繋がってるんだよ……。どっと気が抜ける。
崩れかけたその足で部屋に戻ろうとすると、部屋の前で宮野 咲が険しさを放って待ち構えていた。
涙こそ流していないが、今にも涙袋からぽろりと零れ落ちてしまいそうなほど、目には涙が溜まっている。
「帰りますっ。もうここに居ても仕方がないようですから」
「あ、あの、夜も遅いし送っていこうか?」
そんな義理は本来ないのだけど、夜も更けたしさすがに見過ごせない。
「タクシーを拾うので、結構ですっ」
「さいですか……」
突っけんどっこんに吐き捨てられ、終いには出て行く間際で睨まれてしまった。
「結果オーライなはずなのに、全然釈然としないな」
俺は居間に戻って畳の上をのた打った。
一人になった。つっても元から一人なんだけど。だから寂しくなんかない。家電製品が復活して使えるようになったんだ、テレビで漫才が観れる……それ一つとっても喜ばしいことじゃないか。
本当に電貧乏神は死んだのか? 俺が殺したのか? 宮野 咲の言うとおり、電貧乏神はきっと悪いやつじゃない。人が豚や牛を食べるのと同じで、電貧乏神は電化製品を食べた、それだけのことじゃないか。少なくとも、自らを殺してまで償うような罪じゃないと思う。
俺は自分と価値観が合わないからって、酷いことを言ったのか……。子供だな。大人の形をした子供、性質が悪いったらない。
ぐねぐねぐねぐね、思考が捻れて頭が重たい。後になって死ぬほど後悔する癖、どうにかならないか。このままだと発狂しちまいそうだ……。
「うおおおぉぉーーーーー!」
衝動的に窓を開けて叫んだ。スッキリした。これで口うるさい大家にまた小言を言われると思うと、何度でも叫びたくなってくる。
プルルルルルル……。
――年季で黄ばんだ家の固定電話が鳴った。この時間帯は滅多に鳴ったことのない電話だ、間違いない……大家だ。あぁー、出たくねぇ出たくねぇ。
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