第8話

 玄関のドアを開けると、ふんわりとした夏の夜の空気が全身を包み込んだ。


「お主、どこかに出かけるのか?」


 不意を突く覇気のない女の声。


「電貧乏神!? ……人の家の前で何してるんだよ。ストーカーか? オルゴールはどうした」

「すまぬ、まだだ」


 電貧乏神は地面に置いたオルゴールをそっと持ち上げた。


「宮野 咲も先程まで隣に居たのじゃが、帰ってしまった」

「そうかい、それは一人ぼっちで悲しいこったな。どうでもいいけど、オルゴール直す気ないなら返してくれないか。壊れていても、俺にとっては大切な代物なんだ」


 何を言う! と電貧乏神の萎れた目尻が広がった。


「直すと約束して、お主はわしに預けてくれたじゃないか!? 約束は守るものだっ」


 だったら早く直してくれよ。


「そこで通夜みたいな顔を引っさげていれば、俺のオルゴールは元に戻るのか?」

「それは……そうではない。じゃが、約束は守るものじゃないか……」


 これぞ正しく意気消沈。膝を抱えて体を丸める姿は、頑なに自分の身を先んじて守ろうとするダンゴ虫のそれだ。


「俺は散歩してくる。戻ってくるまでに直せそうにないなら、返してもらう」

「約束は今日一日のはずじゃが」

「直せそうにないんだったら、いくら待ってもお互い時間の無駄だろ」

「…………分かった。それまでには答えを出そう」


 本当に分かっているんだか、いないんだか。とりあえず、俺はもう行く。ここで話していても陰気が移るだけだ。

 公園を通り、駅を通り、本屋で漫画を立ち読みし、もうやることがない。色々と行ってみたい所があったはずなのに、いざとなると思い浮かばない。今は、何かをして楽しむ気になれない。


 あのオルゴールは電貧乏神に壊されなくても、きっとそう長くはなかった。手入れをしていたわけじゃなかったし。十七年経ってる今、いつ壊れてもおかしくない。

 謝りはしないけど、強く責めたのは後悔してきてる。大人気なかったと思う。

 電貧乏神、凄く悲しそうな顔してたな。たかだか壊れかけの電化製品に止めをさしたくらいでさ。あいつも俺の家に取り憑くなんて、運が悪いんだよ。


「もう九時半か」


 意外と時間を潰せたな。コンビニで晩飯を買っていこう。アンパンとカレーパンと、飲み物は最近不足がちのビタミンを考慮してビタミン系のものを買おう。

 商品を手にレジの前に立つと、電池が目に入った。もしオルゴールが直っていても、肝心の使える電池がないと試せない。直るとは思えないが、電池のせいにされたら堪ったものじゃないし。ついでだ、これも買っていこう。

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