第5話

 俺は幼少の頃を、ボロくて狭い一軒家で過ごして育った。

 昔ながらの電化製品に、古びたタンスや机、それが俺を取り巻く環境だった。


 元旦もクリスマスも誕生日も、祝った合計数は片手で数えられる程度。加えて親からのプレゼントなんて夢のまた夢。

 だからだろう、八歳の誕生日に両親から手渡されたプレゼントは、たった三秒で俺の陳腐な世界を覆した。


 丁寧にラッピングされた包装紙を破り、箱を開ける。すると中身は、父さんのなけなしの稼ぎで買ったと思われる、値の張りそうな銀コーティングの電池式オルゴール。ゼンマイの付いた長方形のデザインはシンプルで、とても気品が感じられる。


 もらったプレゼントを、俺はずっと大切にしていた。悲しいときや辛いときにその音色を聞くと、不思議と心が穏やかになれた。まるで、傍で母さんが子守唄を歌ってくれているみたいに感じられたんだ。


 大人になり、ボロアパートに引っ越して二年。何故だか、古い電化製品が次々と壊れ始めた。

 不安になった俺は、久々にオルゴールを取り出して、電池をはめ込み、電源のスイッチを入れた。耳を翳していても、一向に音色は聞こえてこない。


 ――オルゴールまでも壊れてしまった。


 どんなに悲しい気持ちになったことか。どんなに切ない気持ちになったことか。俺にとって大切な思い出の品だったのにっ!


 だけど仕方がないじゃないか。古いものだったし、いつかは壊れる運命だったんだ。

 それでも諦めきれず、涙を流したその足で、大手家電取扱店で修理を頼みに行った。結果は、基盤の回路が完全に壊れていて直しようがないって。


 十七年間も俺の心を陰で支えてくれていたんだ、頑張ってくれた方じゃないか。そう思うことにして、諦めたんだ。そう思えたからこそ、諦められたんだっ。

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