救出作戦、開始!
ダニー君の説明によれば、尾長狒々は女系社会なのだそうだ。頂点に立つボスは雌で、年間に何頭もの子を産むらしい。時々、新たなボスが生まれて群れが二つに分かれることもあると聞いて、ミツバチの分封を思い出した。ただ、詳しい生態はわかっていないらしい。
『人間と同じように、尾長狒々も夜は睡眠を取ります』
ダニー君の声が、ヘルメットのスピーカーから流れる。彼は、<ハミングバード2>に乗っている。ヴァレリーズさんみたいに、私たちの乗り物に抵抗がないのよね、彼。
久木秘書を攫っていった群れは、村からは北東方向十キロほど離れた場所に巣を構えているようだ。今は、久木秘書の信号は途切れているけれど、多数の熱反応がある。
ダニー君が言うには、尾長狒々の群れは女性上位社会なのだそうだ。雄は樹の上で生活し、雌は洞窟で雄の貢ぎ物を待つ。夜、雄は外で寝て、雌は洞穴で寝る。
『尾長狒々の群れでは、何頭か夜通し起きていて周囲を警戒しています。また、彼らは鼻がきくので、接近するなら風下からにしてください』
ずいぶんと警戒心の強い生き物らしい。
先行した地上部隊から連絡が入った。
『ブラボー・ワンよりアルファ・ワン、配置につきました』
『チャーリー・ワンよりアルファ・ワン、同じく配置につきました』
「こちらアルファ・ワン、状況開始まで待機。周囲に警戒せよ」
直接の指揮は、<ハミングバード3>に同乗している田山二佐が行っている。アルファ・ワンというのは、彼のコードネームね。二チームの<ハーキュリーズ>が、それぞれ
『ブラボー・ワン、了解』
『チャーリー・ワン、了解』
「阿佐見調整官、まもなく現場上空です」
「ありがとう、田山二佐」
田山二佐が救出隊に入っているため、今、村は茅場二尉が指揮を執っているはず。着任してまもない彼女には申し訳ないけれど、すぐに上岡一佐が戻るはず。本当は、いくつかの村に立ち寄って戻る予定だったけれど、仕方ない。上岡一佐には悪いけれど、議員さんたちの相手もお願いしますね。
しばらくして二機のヘリは、目標である尾長狒々のねぐら上空に到達した。上空二百メートルなので、狒々たちに気取られる心配はないけれど、そんなに長く滞空していられない。
私は、右の人差し指と親指を空中で二度、トントンと打ち合わせる。タップタップ。すると、ヘルメットのディスプレイにメニューが表示された。指をスライドさせて、メニューから[表示]→[赤外線]を選択する。ディスプレイの表示が、<アテナ>のカメラから<ハミングバード3>が撮影する
黒い冷たい森の中で、薄紅色に光っているのが<ハーキュリーズ>。そして、もっと赤く明るい光が尾長狒々ね。ざっと見て、三、四十はいる。私の視線の動きに合わせ、簡易に割り当てられた識別番号が表示される。
その群れの周りを、ゆっくりと動いている個体がある。ひとつ、ふたつ……全部で四頭が、巣の周りをゆっくりと円を描くように動いている。これが見張りか。群れとしての作業を分担しているなんて、確かに
「まず見張りをなんとかしましょう。その後、迅速に救出を。お願いします、田山二佐」
「了解しました。アルファ・ワンより総員、状況開始、状況開始。ブラボー、チャーリー各隊は、見張りを眠らせろ」
『ブラボー、了解』
『チャーリー、了解』
<ハーキュリーズ>が動き出した。すぐに見張りの狒々たちは、ディスプレイ上の動きを止めた。うん、家畜用の睡眠薬が効いたみたい。尾崎さんたち農業チームが保管していた睡眠薬を、薬剤投与用の弾丸に詰めてエアガンで撃っている。
狒々たちのねぐらに侵入した<ハーキュリーズ>は、洞穴の中に向けて信号を打ち込む。久木秘書が居れば反応があるはず。
『こちらブラボー・ツー、目標発見』
ブラボー・ツーから報告があった。
「アルファより各員、目標発見。ブラボーは目標の確保、チャーリーは退路の確保。急げ」
『了解』『了解』
私は、ディスプレイにブラボー・ワンのカメラ画像を表示させた。全体が緑色だが、洞窟の中だということは判る。指揮用のマップを見ると、ブラボー・ワンとツーが洞窟内に、残り二人が洞窟の入り口で警戒にあたっているようだ。
カメラの画像は、洞窟の奥に入っていく。時々ノイズが入るのは、電波状況が悪いのだろう。<ハーキュリーズ>同士で中継していても、洞窟に入ってしまうと電波の送受信に支障が出てしまうのは仕方ないって、装備庁の技官も言っていたし。
洞窟の入り口から十メートルくらい入ったところで、洞窟の壁にもたれかかっている人影を見つけた。ブラボー・ワンが近寄って見ると、久木秘書に間違いなかった。服はボロボロで見る影もない。高級そうなスーツだったのに、残念ね。
『ブラボー・ワンよりアルファ、目標確認。気を失っていますが、呼吸は正常です』
「ブラボー・ワン、こちらでも確認した。よし、目標を洞窟から運び出し撤退だ」
よかった。人騒がせな秘書は無事みたいだし、後は村に戻るだけ。戻ってから、きっちりと責任追及しないと。
『アルファ、トラブル発生』
ブラボー・ワンの抑えた声がスピーカーから流れた。慌てて、ブラボー・ワンのカメラ画像を見ると、そこには大きな尾長狒々が映っていた。
『お、尾長狒々の雌です! いけない、奴は怒っています!』
ダニー君の言う通り、ブラボー隊の前に立ち塞がった尾長狒々の雌は、毛を逆立てて怒りの表情を浮かべている。牙を剥きだした口が、親愛の情を表しているとは思えないしね。しかも、その手には棍棒らしきものが握られている。
「雄より雌の方が大きいの?!」
『尾長狒々の雌は、雄よりも大きいです。群れのボスはもっと大きい。大きすぎて動きにくいんです』
なにそれ、聞いてないんですけど。
『アルファ、指示を』
「くそっ、橋田、騒がれる前に眠らせられるか?」
『雄より大分大きいので、一発では無理です』
「よし、全員で一斉に撃て」
ブラボー・ワンが、ゆっくりと銃口を上げようとした。すると、尾長狒々の雌は、大きく口を開き、シャーッと威嚇した。なぜ、この雌は大声を出さないのだろう?
『恐らく、この雌は他の雌を出し抜いて、ひとりで、その……久木秘書と楽しもうとしたのではないでしょうか?』
ダニー君が私の疑問に答えてくれた。もしそうなら、他の雌たちを起こしたくない訳ね。でも、このまま逃がしてくれるはずもない。
「各員! 北の方角から何かが接近している。注意せよ!」
田山二佐が叫んだ。接近って、何?
「恐らく、
マップを見ると、確かに北の方に光点が現れ、尾長狒々たちの方に近づいている。かなり速い。
『チャーリーよりアルファ、狒々たちも気付いたようです』
北の方にいた見張りの尾長狒々が、接近する
『狒々たちが騒いでいます』
ブラボー・ワンのカメラ画像にも変化があった。立ち塞がっていた雌狒々が、仲間の声を聞きつけたようだ。顔を顰めながら、何か迷っているようだ。だが、すぐに一声叫ぶと、身を翻して北の方に向かった。群れを護ることを優先したらしい。
「今だ! 総員、速やかに撤退せよっ!」
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