視察団、後始末

 夜が明ける前に、救出部隊は蓬莱村へ帰還できた。途中、久木秘書をヘリで運ぶことも考えたが、着陸のリスクを考えて結局陸路で運んだ。村に帰っても意識が戻る様子がなかったので、巳谷先生のところに任せることにした。異界こっちの病院も、設備が整っているので心配はないだろう。


 議員先生方は、意外に大人しかった。上岡一佐が上機嫌なところを見ると、上手くやり込めたようだ。先生方に同情は……しないかな。

 とりあえず、死傷者を出さずに済んで一安心。私は短い仮眠を取った後、政府に対する報告書をまとめた。詳細は田山二佐から防衛省経由で出されるだろうから、私の報告は簡潔に、時系列に沿って書いた。なるべく客観的に書いたつもりだけれど、迫田さんから「視察団に対する嫌みが垣間見える」と指摘されてしまった。


 二日後、ダニー君の強い要望で、尾長狒々たちのねぐらがどうなったのか見に行った。見事に空っぽになっていた。あの夜、群れを襲ったのは剣角虎ハウガルだったようだ。死骸(の残骸)が残っていた。

 現状からすると、尾長狒々たちにも多くの犠牲が出たはずなのに、死体も死体を処理した跡も見られなかった。もしかして、死体も連れて行った? だとすると、かなり文化的な社会を築いているのかも知れない。


 次の日、久木秘書の意識が戻った。

 なんというか、その、彼の純潔? 的な何かが無事だったことは、巳谷先生の診察で判っていたけれど、数匹の雌に良いように弄ばれ、男としてのプライドはズタズタになったようだ。心のケアに関しては、日本あっちに帰ってから配慮するとして、なぜ、尾長狒々を呼び込むような真似をしたのか、はっきりさせないといけない。


 尋問にあたっては、視察団から野依議員が立ち会うと言って譲らなかった。弁護士資格を持っているそうだ。私たちは警察でも検察でもないので、話を聞くだけと伝えたが、「久木君の人権を侵害する気か!」とまで言われたので、同席を許可した。しかし、どうしてここでそんな強気に出られるのか神経を疑うなぁ。


 久木秘書の身柄を病院から村の会議場に移し、そこで話を聞くことにした。出席者は私、迫田さん、野依議員、上岡一佐、念のために巳谷先生にも同席してもらった。もちろん、録音・録画はしている。


「なぜ、尾長狒々を村に呼び込んだんですか?」


 時間がもったいないのでストレートに聞いてみた。


「……ちがう、そんなんじゃ……」

「違うことはないでしょう? 監視カメラにあなたがフェンスを破壊する場面が、しっかりと映っています。言い逃れはできませんよ」

「ちがう……さ、猿なんか来るとは思わなかったんだ……」


 消え入りそうな声で、ぽつぽつと話す久木秘書。


「じゃぁ、何をするつもりだったんですか?」

「それは……」

「阿佐見さん、彼も疲れているようだし、尋問は帰国してからにしてはどうかね?」


 いきなり野依議員が横やりを入れてきた。柔らかな口調だが、要するに久木秘書に話して欲しくないのね。最初からそのつもりだったんでしょうね、きっと。


「巳谷先生、どう思われます?」

「いや、久木さんは十分元気だよ」


 私は野依議員を睨み付け、


「だ、そうです。続けます」


 と言った。これでも異界こっちで何度も修羅場をくぐり抜けてきたんだ。女と思って甘く見るなよ。迫田さん、そこでクスクス笑わないで。


「改めて質問します。久木さん、あなたはフェンスを壊してどうするつもりだったんですか?」

「フェ、フェンスを壊せば、魔物クリーチャーズがやってきて、村は混乱すると……」


 そんなことだと思った。


「なぜ? なぜ村を混乱させようと?」

「それは……」


 あ、今、野依議員の方を見たわね。私は、久木秘書と野依議員の間に身体を滑り込ませ、視線を遮った。


「答えてください。なぜ?」

「それは、村が混乱すれば……金原議員のこともうやむやになると……」


 あきれた! そんなことのために、村の全員を危険に晒したのか! ふつふつと怒りが湧いてきた。


「常識的に考えて、金原議員のことがうやむやになるなんてことあるわけないでしょ? あなたは村を危険に晒したんですよ? たまたま死者がでなかったから良かったものの、凶暴な魔物クリーチャーズが侵入してきたら、どうなっていたか判らないのですよ?」

「そ、それは……そうすればいいと、そうしろと言われたから……」

「誰に?」

「い、言えないっ!」


 久木秘書は、いきなり起ち上がって叫んだ。


「言えない! 言ったら、私が、私の家族が酷い目に遭うんだ! あんたたちは知らないだろうが、これまでだって、いろいろと」

「久木君っ!」


 野依議員が久木秘書に抱きつくようにして、言葉を遮った。


「もう十分だ、大丈夫、君も、君の家族も大丈夫だから。安心したまえ」


 そして、私たちの方を振り返り、「もう無理だ。これ以上話させようとするなら、正式に抗議するぞ!」

「そうですか。しかたありません」


 私たちは、席を立って巳谷先生に久木秘書のフォローを頼んだ。


「うん。帰国までは病室にいてもらうよ」


□□□


 さらにその二日後、ようやく視察団が帰路についた。といっても、“ザ・ホール”を潜るだけだけども。

 異界こちらに来た時とは違って、みな一様に肩を落とし暗い顔をしていた。


「結局、騒ぎを起こしただけですね」


 査察団の最後の一人を見送って、田山二佐が私に言った。


「もしかしたら、彼らの目的は騒ぎを起こすことだったのかも」


 騒ぎを起こして、私や村の誰かが失敗をすれば、それをネタに有利に立とうとした――そんなところじゃないかなぁ。そうだったとしても、結果は真逆で、戻っても彼らは弁明に追われることになるでしょうね。


「弁明どころか」


 そういって、詩が新聞を渡してきた。


『無能、野党視察団』

『あわや戦争? 常識のない議員』

『議員失格、辞職待ったなし』


 扇情的なコピーが紙面に踊っていた。


「金原議員は辞職でしょうねぇ。他の議員も何らかのペナルティを払うことになるでしょうね」


 自業自得だと思う。けど、少し同情する部分もある。彼らはあまりにも異界こちらについて理解していなかった。文明が遅れた田舎と馬鹿にしていたのかも知れない。

 私にとっても、自戒させられる出来事だった。私は、視察団かれらのような態度をとっていなかっただろうか? 特に辺境伯マーグレイヴ領の人たちに、上から目線で押しつけていなかっただろうか。ちょっと時間を取って、領地を回ってみよう。


「あーっと、それからね」


 詩がこっちを見て、ニヤッと笑った。


「来週、会計検査院の監査が入るから。あなたも村から離れないでね?」

「マジかーっ!」

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