捜索と救出と

「尾長狒々は、他の魔物クリーチャーズ同様、体内に魔石があります。しかしながら、群れで生活し、その上普段は大人しいため、魔物クリーチャーズなのか単なる獣なのか、意見が分かれているのですよ」


 危機管理センターの会議室で行われた緊急会議で、ダニーさんが久木秘書を攫った尾長狒々について説明してくれた。


「大人しい? 大人しいのに、人間を攫うのかね」


 寝ているところを叩き起こされたためか、小早川先生は怒ったような口調だ。明日早朝の起床試験に備えて早めに寝ていたらしい。しかも、この騒動で試験は延期になりそうだし。


「えぇ。大人しい尾長狒々も好戦的になる場合があります。自分たちの領域が侵略された時と、です。」


 発情期! なんだか嫌な予感がする。


「久木秘書が領域を侵したようには見えなかった。でも、発情期に何で人を攫うのでしょう?」


 田山二佐の疑問ももっともだ。


「はっきりしたことは、その、なんというか、判らないんです。けれど、尾長狒々に人間が攫われる例は過去にもあって……」

「その被害者は、どうなったんです?」

「あ、生きて保護されました。辛うじて生きて、というか……精を搾り取られた感じで、良くて廃人、悪ければ足腰が立たない、えっと、なんていうんでしたっけ? そうそう、植物状態になります」


 会議室の中に、どんよりとした空気が漂った。想像したくないけど、それって。


「それなら、早く彼を救出しなければ! こんな時のための自衛隊だろう!」

「野依議員。お言葉ですが、村の責任者としては、まず久木秘書の犯罪行為についてはっきりさせておきたいのですが」


 救出せよと起ち上がった野党の野依議員に、詩が冷たく言い放つ。あぁ、これ相当怒っている時の話し方だ。


「野依議員、救出の準備は進めているところです。無闇に追い掛けて、二次被害が発生する事態は避けなければなりませんから、ここは慎重に。音川村長、責任はご本人が戻られた後にしましょう」

「わかりました」

「うぅ、し、仕方がない」


 野依議員は、まだ何か言いたげだったが、場の空気を読んで口をつぐんだ。はっきり言って、今ここに視察団の味方はいないのよ。


「とにかく、まずは久木秘書が今とこにいるのか、場所の特定が最優先です。状況の説明を」


 田山二佐が、はい、と答えて起ち上がった。別の隊員が、ホワイトボードに蓬莱村周辺の地図を貼り付けた。


「すでに高高度滞空無人機HASUASを村の上空に配置、探索モードで熱源探知をしています。久木秘書を攫った尾長狒々は集団で生活するということなので、熱源が集まっている場所にいると考えられます。また、小型ドローンで低空からも痕跡を探しています」

「判りました。村周囲の警戒も怠らないようにしてください」

「はい。恙なく。」


 後は、宮下視察団長への対応だけど、これは視察団内部でやってもらおう。


「野依議員、宮下議員たちは明日の午前中にはこちらへお戻りになる予定です。そちらへの説明をお願いします。判明している情報は、提供しますので」

「……わかった」


 すべての情報を渡す、とは言ってないけどね。田山二佐も、あえて位置計測パッチのことを言わなかった。HASUASからの電波にパッチが反応してくれれば、高い精度で久木秘書の場所を特定できる。パッチのことを視察団に話すと、剥がす奴も出てくるからね。これ以上、騒ぎを起こされて堪るか。


「あぁ、後、救出部隊には私も同行します」

「え?」


□□□


 総責任者が危険な前線に出るなんて、愚行も愚行。スタートレックじゃないんだから。でも、責任者である私が救助に参加することで、視察団の同行を拒否できる。私が行くから、あんたたちは引っ込んでなっ! と啖呵は切れないけれど、宮下議員は、私にネチネチ嫌みを言われながら待つより良いと思うだろう。


 とりあえず視察団が何か言ってきても、きっと迫田さんが壁役になってくれるだろう……なんて甘い考えでした。


「貴女は、一体、何を、考えて、いるんですか!」


 そんなに迫られても困ってしまう。まず、迫田さんを説得しなくちゃいけないらしい。


「えーとね、“率先垂範そっせんすいはん”って奴ですよ。ほら、私が異界こちらでの責任者ですから、トップが率先して動けば視察団も文句付けにくいでしょ?」

「彼らに文句なんか、つけさせませんよ! 陣頭指揮なら、センターからでもできるでしょ」


 やっぱり建前だけじゃ通じないか。


「それだけじゃないの。最近、村のことを少しおざなりにしてきちゃったかなぁって。久木秘書のことも、私がもっと注意していれば防げたかも知れない。魔物クリーチャーズの危険性は話したつもりだったけれど、もっともっとしっかりレクチャーしておくべきだった。議員先生たちにレクチャーするのって、ほら、官僚の仕事だし」

「……」


 私の本年に、迫田さんは呆れた顔をして、しばらく私の顔を見つめていた。やだ、恥ずかしい。


「はぁ~っ、判りました。私も忘れていましたよ、貴女の頑固さを。でも、行くなら最大限、安全には気を配ってください。私は上岡一佐と話してきます」


 がっくりと肩を落とした迫田さんが、部屋を出て行った。と思ったら、今度はヴァレリーズさんがやってきた。


「君が行く必要はないだろう?」

「いえ、必要があるから行くんです」

「ならば、私も同行しよう」


 なぜそうなる?


「だめです。これは私たち、日本の問題です。王国に迷惑は掛けられません」

「何を言うか。ジョイラント師は同行するのだろう?」

「ダニー、じゃないジョイラント師は、尾長狒々に詳しい専門家としてきてもらいます。それに、彼は日本国籍を持つ日本国民です」


 これはちょっと卑怯な言い訳かも。そもそも王国や帝国には戸籍ってシステムがないからね。でも、ヴァレリーズさんはこれで反論できなくなったみたい。


「君が捜索隊に加わることについて、サコタはなんと言っている?」

「先ほど、認めてもらいました」

「何をしているんだ、あいつは!」


 ヴァレリーズさんは席を立つと、「失礼する、サコタと話さねば」といってドアから出て行った……と思ったら、顔だけ出して。


「認めたわけではないぞ、私は認めないからな」


 と言葉を残して去って行った。もう、なんて騒がしい日。でも、これが終わりじゃなかった。卓上の電話が音を立てた。今度は何? 碌でもない報告なら勘弁しないんだから。そう思いながら受話器を上げる。


「阿佐見よ」

『阿佐見さん、久木秘書を見つけました』


□□□


 普段は閑散としている村のヘリポートは、夜が深まった時間にも関わらず騒然としていた。もちろん、救助部隊の出発準備だ。ただ、部隊といってもそれほど人数が多いわけじゃない。


 まず、地上部隊として<ハーキュリーズ>。村に駐留している三チームの<ハーキュリーズ>のうち、二チームが救出部隊に参加する。フォーマンセルと言ったかな? 四人で一チームなので<ハーキュリーズ>は八体。少ないように思えるけれど、村の安全も考えないといけないからこれが精一杯。<ハーキュリーズ>一チームにつき、自律型四脚ロボットが付随して装備を運ぶことになっている。


 航空支援として<ハミングバード2>と<ハミングバード3>。私は<ハミングバード3>から指揮を執る。<ハミングバード3>には、夜間飛行を補佐するSAVERH+が搭載されているから、情報収集にはぴったりだ。

 SAVERH+は、暗視カメラ、レーザー距離計、サーモビジョン、接近センサーなどの各種センサーを搭載したセンサーポッドと、それを地図データやカメラからの情報とオーバーラップさせて表示させるソフトウェアからなるシステムで、ヘリの操縦者は昼間と代わらずに操縦できる利点がある。難点は、パソコンなどがあるため重くて場所を取ることかな。でも、取得したデータは、他の機体でも共有できるから、やっぱりメリットの方が大きい。私の装備にもデータが送られるし。


 私の装備は、特別仕様の<ハーキュリー>。武装の一部は取り外されて、また出力は抑えられているけれど、その分、情報処理能力は高くなっている。指揮官専用機ってとこかな? でも赤くもないし角もないわよ。誰が付けたのか知らないけど、コードネームは<アテナ>。ちょっと大げさすぎやしませんか。


 <アテナ>の難点は、装着に時間が掛かること。三十分も掛けて装着した時には、すでに他の用意は全て調っていた。後は、私の合図を待つだけ。


「みんな、準備はいい? では、救出作戦を開始しましょう!」

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