決闘

 普段は騎士の訓練場として使われている場所に、関係者が集められていた。日本側からは私、迫田さん、上岡一佐、巳谷先生、そして宮下議員。王国側はヘルスタット王、ベリアマン内務大臣、サバス魔導大臣、ヴァレリーズさん、そしてマルケネス伯爵。

 訓練場は、二十五メートルプールくらいの広さで、周囲は階段状に高くなっている。バスケットボール場に似ているかな。マルケネス伯爵は、訓練場の真ん中あたりで静かにに立っていた。


 空はとっても青くてとてもすがすがしいのに、その場の雰囲気は張り詰めて陰鬱とさえ言えるものだった。これから、決闘という名の私刑リンチが始まるかも知れないのだから、当たり前だ。……私刑というのは言い過ぎか。被害者加害者双方の尊厳を最低ラインで護る、ギリギリの落とし所なのかも。外交上、日本国民を簡単に重罪(死罪を含む)に処することはしたくないし、さりとて何もしなければ貴族たちからの反発もあるだろうし、貴族制度を蔑ろにしたと受け取られかねない。最悪、王政を揺るがすことにも。ヘルスタット王も悩んだんだろうなぁ。


 訓練場の一角にある扉が開いた。武装した騎士二人の後ろから、くたびれた中年男、今回の騒動のそもそもの原因、金原議員が入って来た。歓迎会の夜に来ていたフォーマルスーツを着ているが、ヨレヨレのボロボロだ。あ、着替えの差し入れを忘れてた。ま、いっか。


 金原議員の後ろにも、騎士がふたり。計四人の騎士に囲まれて、訓練場、いや、あのおっさんにとっては処刑場の真ん中まで引き出された。議員の前には、マルケネス伯爵。王国内でも人気の高い、美丈夫と知られている伯爵は、四十を超えてなお意気軒昂、一人で魔物クリーチャーズ狩りをするほどだという。その伯爵の唯一の弱点は、三人のご息女と言われるくらい。もし伯爵が歓迎会に参加していたら、その場で金原議員は首と胴が離ればなれになっていたでしょうね。身から出た錆、自業自得だけど、調整官としては、そうならなくて良かったと思うわ。後始末が大変だから。


 銅鑼がひとつ、鳴らされた。ゆっくりとヘルスタット王が起ち上がった。マルケネス伯爵をはじめ、王国の人たちは王に向かって膝を付き、こうべを深く下げた。私たち日本人もそれに習う。金原議員は、騎士に無理矢理頭を押さえつけられていた。さすがにこの場で叫び出すような真似はしていない。……しないよね?


「これより、マルケネス伯爵、カネハラ両名の決闘を執り行う。我が王国の伝統に則り、双方が名誉を重んじ正々堂々戦うがよい。なお、どちらが傷を負っても、あるいは精霊の霊廟に至ろうとも双方とも禍根を残さぬこと。異議のあるものは、今、この場での発言を許す」


「偉大なるヴェルセンのヘルスタット王に、我が恥辱を晴らす機会を与えていただいたこと恐悦至極に存じます。御心のままに」


 マルケネス伯爵が顔を上げ、ヘルスタット王に向かって宣誓する。その言葉に、王は深く頷き、ゆっくりとこちらに視線を向けた。やだ、なんか芝居がかっている。ふと、これが全部何かの茶番のような気がしてきたけど、しかたない。あらかじめ皆で計画したように進めるべく、私は口を開いた。


「偉大なるヴェルセンのヘルスタット王よ、いと気高き方よ。我、阿佐見辺境伯マーグレイヴが慈悲を請わん。どうかお聞き届けくださいますよう」

辺境伯マーグレイヴよ、我は耳を持っておる(『聞いてやる』という意)。申してみよ」

「寛容なるお心をお持ちの王に感謝を。願わくは、この者金原に代わり立つ者を」


 つまり、代理で戦う人を立てても良いか? ということ。この辺はしきたりだと、吟遊詩人が説明していた。


「よかろう。辺境伯マーグレイヴの願いを聞き届けよう」

「ありがたき幸せにございます」

「して、誰を立てる? マルケネス伯爵は強者ぞ」

「はい。私が伯爵のお相手をいたします」


□□□


 マルケネス伯爵は驚いていたけれど、ヘルスタット王は表情を変えなかった。いや、少し笑った?

 ともかく、金原議員は牢に戻され、代わりに私が訓練場に立った。


辺境伯マーグレイヴ

「マルケネス伯爵」


 私と伯爵は、対峙して会釈した。


「我は剣で戦う。辺境伯マーグレイヴの得物は何か?」


 伯爵が、手にした剣を振ると、びょう、と風を切る音が響いた。中世ヨーロッパ風というのかな? 諸刃の剣だ。切れ味は日本刀に劣るけれど、当たったら頭蓋骨なんか簡単にくだけそう。


「なにも」

「なにっ!?」

「武器は使いません。素手でお相手させていただきます」

「我を愚弄するか! いかな辺境伯マーグレイヴいえども、許さぬぞ」


 そうだよね、バカにされていると思うよね。そんなつもりはないんだけど……あぁ、伯爵の目がマジだ。私もなけなしの勇気を振り絞って言葉を返す。


「そうではありません。どのような武器を使おうと、私は伯爵に敵わないでしょう。であれば、この身すべてでお相手するのみ」

「そうか……であるなら、こちらも手加減はせぬ。後悔するがいい」


 伯爵が剣を構える。全身から殺気が立ち上っているような錯覚に囚われて、クラッとする。ニブラムさん、ホントにダイジョウブなんでしょうねっ!


「では、我の合図によって決闘を始めるがよい」


 ヘルスタット王が宣言し、両手を天に向ける。


「大気よ、鳴らせ。名誉を掛けた戦いの合図を。爆炎光弾ブラストライト!」


 王の両手から飛び出した火の玉が、訓練場の上空で激突! 炎と光が、私たちを照らした。


「アルータ・マルケネス、参る! 我が魂の叫びよ、激情よ! 炎となって我が剣に宿れ、轟炎剣バーニングソード!」


 マルケネス伯爵が剣を抜き放つと、その剣が燃え上がった。炎の剣だ。


「敵を焼き尽くせ! 轟炎斬!」


 伯爵の剣が振り下ろされる。炎が私目がけて轟音と共に襲いかかってきた。私は、握った右手を突き出した。


「お願い! 竜の護りよ!」


 見えない壁が私の前に現れたのを感じる。そして。


「なんとっ!」


 伯爵の剣とその炎は、私に届くことなく空中で受け止められた。何かにぶつかるような音も無く、ただ伯爵の炎が空気を焦がす音が響く。……何人も侵すことのできないドラゴンの結界。またしても、私を護ってくれた。


「くそっ!」


 マルケネス伯爵は、再び剣を振り上げ、さらに力を込めて振り下ろす。だけど“竜の護り”は微動だにしない。伯爵はあきらめない。またしても剣を振り上げ、振り下ろす。さらにまた……。



 どれくらい剣が振られただろう? どれだけ魔法が使われたのだろう? この世界インタタスでは、魔法が体力を奪う。剣技はなおさらだ。それでも、伯爵はすごいと思う。それだけ怒りが強かったのだということかも。しかし、限界はある。



「けりゃぁぁぁっ!」


 最後の気力を振り絞って振り下ろされた剣先も、私に届くことはなく。

 その剣は、伯爵の手から滑り落ちて地面へと。それに伯爵の身体が続いた。スローモーションのように倒れる伯爵。


「そこまで! 両者引き分けとする!」


 ヘルスタット王の言葉で、決闘は幕を閉じた。


□□□


 今回も、巳谷先生は良い仕事をした。


 治療室で伯爵が意識を取り戻した時、その場には私の他に伯爵夫人、そして今回の被害者でもある伯爵の令嬢、フィリス嬢がいた。


「う、うぅ……」

「あなた」

「お父様」


 こういう家族のシーンは、少し苦手。私自身、しばらく家族に会っていないから。


「私は負けたのか……」

「いえ、陛下の裁定は引き分けです」

「阿佐見辺境伯マーグレイヴ。あれは、私の負けだ」

「貴方が力尽きたとしても、私には貴方を攻撃する手段がありません。ですから双方の名誉は護られたということです」


 伯爵が、夫人に支えられながら上半身を起こした。


「詭弁だな。最初から、攻撃する気はなかったのだろう?」


 私はその質問に答えなかった。


「そもそもの発端は、我が国の者が失礼な態度を取ったことです。伯爵の名誉のために、あの者には罰が下されます。それで気を静めていただけないでしょうか」


 令嬢が日本あっちで訴えれば、金原議員にペナルティを与えることができる。けれど、それは王国の基準からすれば甘すぎるペナルティだ。でも、泣き寝入りなんかさせない。

 これでも長く調整官をやってきたんだ。正攻法ではない戦い方だって覚えた。といっても、ありのまま、本当の事を報告しただけだ。ただし、日本政府とDIMOの両方に。日本政府、というか与党は野党を攻撃する材料を得た。DIMOは、私の意を汲んで世論に訴えてくれた。すでに、金原議員の議員辞職を求める声は高まっていると、あちらから送られてくる新聞に書かれていた。彼の議員生命はこれで終わるだろう。


「判った。辺境伯マーグレイヴの思い通りになるのは、少しくやしいがな」

「私だって、踊らされた一人ですよ、まったく」


 私の脳裏に、妖しい微笑みを浮かべた吟遊詩人の顔が浮かぶ。その後ろにいるのは、ヘルスタット王だろう。今回のシナリオは、一体誰が書いたんだろう?


「改めて、日本政府を代表してフィリス様に謝罪させてください。申し訳ありませんでした」


 フィリス嬢――さすがに伯爵が溺愛する娘さんだけあって、コケティッシュな魅力がある。笑うとさらに魅力増大だ。あれ? コケティッシュって死語かな?


日本ニヴァナの方の謝罪を受け容れます……その、ひとつお願いを聞いていただけます?」

「なんなりと」

「それでしたら、わたくし日本ニヴァナが見て見たいのです」


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