裁定のゆくえ

 しかし、いくら人格が悪いからといって、見捨てるわけにもいかない。


 金原議員の処遇に対して、王国側と折衝に入った。視察団の人たちが参加したがったが、話がこじれるし、そんな権利もないだろうと蓬莱村のメンバーだけで事に当たることになった。


「まったく碌なことをしない」


 テシュバートから飛んで帰ってきた迫田さんが、私を前に愚痴るのも無理はない。あ、吸血鬼だからって、蝙蝠になって飛んできたって意味じゃないからね。蓬莱村とテシュバート間も、新しく導入した電動ジェットヘリなら一日もかからない。残念ながら、最大でも四人までしか乗れないので、視察団はテシュバードに残ってもらった。


「迫田さんもすいません、急に呼び戻しちゃって」

「いや、それに関しては悪いことばかりじゃありませんよ」


 テシュバートでは、<らいめい>の運用状況と<らいめい>の二番艦建造について、ネチネチ聞かれたらしい。予算的には会計監査員の査察も受けているので、まったく問題はないのだけれど、議員先生がたは“民意”を振りかざして“自衛隊の軍事行動”を非難して、それがまた、直接には言わず遠回して伝わりにくい言い方で。伝わらないことを、また攻められるという、迫田さん曰く“拷問にちかい”ものだったらしい。よっぽど嫌な思いをしたのだろう、いつも冷静沈着な迫田さんが、嫌悪感を表に出して吐き捨てるように言った。


「結局彼らは、私たちが人道に背いていると言いたいのですよ。ダイレクトに“人殺し”と言わないだけにね」


 ……そうかぁ。そうだよねぇ。ウルジュワーンの叛乱鎮圧でも、死んだ人がゼロってことはないわけで。余り考えないようにしてきたけど、人殺しと言われちゃうとね。辛いわ。


「あ、いや、実際にそう言われたわけじゃありませんし、彼らは、その、私たちを非難したいんじゃなく、それを武器に政府をね、違う、非難というか仄めかしというか、あーだから、阿佐見さんにはまったく責任はないというか、関係ない話ですから」


 私が肩を落とした姿を見て、なぜか迫田さんが焦った様子で。あ、迫田さんなりに勇気づけようとしてくれているのか。ありがと。


「いや、その。そんなことより、今はさしあたって金原議員のことをなんとかしないと」

「そうでした」


 といっても、私たちが執れる手段は限られている。基本的に、金原議員の行為は貴族に対する侮辱とみなされ、その場で斬り殺されても文句は言えなかった。不謹慎だけれど、いっそそうなっていれば、まだ話はシンプルだったかも知れない。


「よりにもよって、相手がマルケネス伯爵ですからね」


 マルケネス伯爵――王族とも姻戚関係にある有力な貴族の一人。私が顔と名前を覚えているくらいだ。そして、「親馬鹿伯爵」とか「子煩悩貴族」などと呼ばれるほど、娘さんたちに愛情を注いでいる人でもある。彼にしてみれば、眼に入れても痛くない可愛い娘が傷物にされたんだから、たとえ日本の政治家であろうが八つ裂きにしてもおかしくない。


 実際、王国内では、日本との外交を重視して不問、にはできなくても国外永久退去くらいで済ませようとする人たちと、マルケネス伯爵の気持ちを思って極刑に処すべきとする人たちが激しくぶつかっていると漏れ伝わってきた。誰からって、もちろんマルナス伯爵夫人から。

 私たちは、平身低頭、軽い罰で済むよう頭を下げまくっている状況だ。最終的にはヘルスタット王の裁量で決まるが、判断の前に王はマルケネス伯爵と面談されているらしい。マルナス伯爵夫人の諜報網でも、その内容は分からないと言っていた。


 あぁ、胃が痛い。


□□□


 二日後、日本大使館にヘルスタット王からの書状が届いた。陛下直筆であるうえ、ご丁寧にも日本語訳まで付けられていた。私は(私宛だったので)書状を開封、中身を一読して頭を抱えた。これは、ヘルスタット王も悩んだんだろうなぁ。

 一人で悩んでいてもしょうがないので、会議室に向かった。王国風の扉を開けて会議室に入ると、そこには視察団代表の宮下議員と視察団副団長の矢崎議員、それぞれの秘書の方々、迫田さん、上岡一佐、田山二佐が、私の報告を待っていた。コの字型に配置した会議用テーブルで、視察団と蓬莱村住民が向かい合うように座っている。


「ヘルスタット王陛下から、書状が届きました」

「で、内容は?」


 視察団の人たちが、ギラギラとした視線で私を見ている。そんなに睨まれても。

 私は、手に持った王からの書状を開きながら、ゆっくりと告げた。


「王の裁定は……“決闘”です」

「けっとう~!?」


 矢崎議員が変な声で聞き返してきた。


「えぇ、決闘です。一対一の決闘を三日後に」

「そ、そんな前近代的な」

「決闘は、禁じられているのではないかね」


 宮下議員の言葉は、現代日本人なら普通の感想だろう。でもここは日本じゃない。


「日本の法律では、そうですね。何度も繰り返しますが、ここは異界、ヴェルセン王国なんですよ? こちらで決闘は、お互いの名誉を守ることができる解決策なんですよ」


 と反論してみた。私も、この国で行われる決闘について、よく知っているわけではないけどね。査察団メンバーが、ざわめく。


「し、しかし、金原さんはあの体型だよ? 剣なんて振れないだろ」

「彼、武道か何かやっていたかね?」

「いえ、そのような話は。ゴルフはされているようですが」

「ゴルフクラブじゃ、剣に太刀打ちできんだろ、君」


 そういう話じゃない。


「もう少し、真剣にお考えになった方がいいと思いますよ。改めて言いますが、異界こちらにもルールがあります。どんなに野蛮で未発達なものに見えたとしても、ルールはルール。社会基盤なんですよ。そして、そのルールでは貴族が侮辱されたなら、死刑もありえるのです。その点を十分ご理解ください」


 こういって、視察団のひとりひとりを見た。秘書たちは、あさっての方向を見ている。矢崎議員は居心地が悪そうに視線を落としている。宮下議員は、あからさまに不機嫌な表情だ。議員から見れば、私なんか小娘なんだろう。小娘に正論を吐かれて言い返せない、そんな感じ?


 会議室に、不気味な沈黙が降りた。そこで、迫田さんがゆっくりと手を上げ、おもむろに口を開いた。


「裁定を下した王が認めたなら、代理人を立てることができます。それなら本人が戦えなくても決闘は成立します」


 決闘代理人。そもそも決闘は、貴族同士のもめ事を解決するために行われてきたらしい。貴族が全員戦える訳ではないから、代理人を頼むこともある。大抵は親族、稀に金で雇われた者が決闘代理人として戦う――と、後で聞いた。


「おお! それはいい」

「ならば、こちらには戦える人間は大勢いるし、なんとかなるのでは?」


 迫田さんの助け船? に、議員さんたちがどよめく。けれど。


「自衛官を代理にすることはできませんよ?」


 上岡一佐が言った言葉に、議員さんが鼻白んだ。


「なぜだね? 自衛隊は日本国民を守るために存在するんだろ。こんな時こそ役に立たんでどうする」

「我々自衛官は、日本国民を守ることを任務としておりますが、決闘となれば法令外、私闘にあたると判断します。自衛官の私闘が禁じられていることは、ご存じのはず」


「しかし、そこを曲げてでも」

「曲げられません。貴方は我々に法を侵せと? そもそも今回の視察は、我々が法律を守っているかどうかを見たかったのではないですか? もし、どうしても、というのであれば、幕僚から命令を出させてください」

「……」


 上岡一佐の気迫に、議員たちは黙った。彼らは互いに顔を見合わせ、何か案を出せと押しつけ合っているように見える。

 このまま代案がなければ、金原議員が自分で戦うことになる。それが責任を取る一番の方法だけれど、万が一死なれてしまうといろいろとやっかいだわ。


「ねぇ、迫田さん。“魔獣殺し”は使えない?」


 あの人、なぜか色々な人と戦いたがっていたから、金原議員の代理になれるかも。


「クラレイアムは、今、ルートと一緒に無名島ですよ。今から呼んだとしても、決闘には間に合いません」


 うーん、どうしよう。王国内の騎士を当たってみるか、オールト子爵に頼んでみるか。コネに頼るとしても、ある程度の実力者じゃないとだめね。相手を殺してしまっても、こちらが重傷を負っても外交上ややこしいことになりそうだし。


 誰も口を開かない静まった部屋に、ギィと扉の開く大きな音が響いた。あれっ? カギは締めていたはずなのに? と思ったら。


「お話は聞かせてもらいました。ひとつ、私からご提案があるのですが」


 そう言いながら入って来たのは、吟遊詩人ニブラムだった。その顔は、笑っているのになんだかとっても、悪人顔に見えた。


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