視察団、王都へ

 視察団は、王都へ向かうチーム、テシュバートに向かうチーム、辺境伯マーグレイヴ領に向かうチームの三チームに分かれて行動することになった。私は王都へ向かうチームをアテンドすることにした。王都でやらなきゃいけない仕事もあるしね。


 王都へは、電動マイクロバスと電動トラックの二台で向かう。お客さんはバス、私たちと荷物はトラックだ。今回は、ヴェルセン王国のヘルスタット王への謁見も予定されているので、貢ぎ物やら親書やら結構な荷物がある。王都の大使館への補給物資もあるし。トラックなので居住性は悪く、決して快適とは言えない。でもバスに同乗させられた田山三佐、おっと昇級して今は田山二佐だった――に比べればましだ。バスあっちには、視察団長の宮下議員が乗っている。私の気は乗らない。でも、王都では久しぶりにエイメリオちゃんにも会えることになっているので、そちらをモチベーションに頑張る。うん。とりあえず、目の前にいるおじさん、おばさんたちはカボチャと思っておこう。


 蓬莱村から森を抜ける道路は、アスファルト舗装されているので、バスの走行も快適だ。でも、アスファルト舗装は、馬で移動する人たちに不評なのよね。夏場はベタベタするって。何か考えないといけないかなぁ。

 そういえば、この道で魔物クリーチャーズと遭遇したという話を聞かなくなった。魔物クリーチャーズも学習するのだろうか? それとも生息圏が変わったのかな? 


 森を抜けて魔物クリーチャーズ対策の砦を通過する。もはや有名無実だけれど、補給基地として役に立っている。今回は、通過するだけ。でも、交代で常駐している自衛隊員と王国騎士が並んで手を振ってくれた。


 馬と馬車なら三、四日掛かる道のりを、自動車なら半日で駆け抜けることができる。今回はそんなに急ぐ旅でもないので、村を午前中に出発し、途中の村々で休憩しつつ、王都には日が暮れる前に到着した。こんなに快適な旅なのに、議員先生方には不評だった。うーん、何を期待して異界ここに来たのだろう? ヨーロッパやアメリカへの視察旅行とは違うのに。その辺りをちゃんと認識してもらわないと困るのになぁ。


 とりあえず、議員さんたちには王都の日本大使館で休憩してもらった後、フォーマルに着替えてもらう。今夜は、貴族有志が催してくれた歓迎会に参加してもらうのだ。日本に友好的な貴族ばかりなので、決して失礼のないようにしてもらわないと。

 しかし、私がいくら説明してもあまり聞いてくれないので、田山二佐にバトンを託した。これで聞いてくれればいいんだけど。



 歓迎会は、比較的小規模なもの、と聞いていたけど、それは王国基準だったと、会場に着いてから気が付いた。今回、私は視察団の付き添いという立場で参加したつもりだったのだが、あっという間に十人以上の貴族に取り囲まれてしまった。

 貴族側からしてみれば、王族の覚えめでたい辺境伯マーグレイヴに顔を売っておくチャンスなのだろう。それは分かるけど、いっぺんにやってこられても覚えきれませんよぅ。


「あいかわらずの人気ですな。アサミ辺境伯マーグレイヴ

「あ、オールト子爵!」


 ヴァレリーズさんのお兄さん、フィンツ・オールト子爵の顔を見て、正直、『助かった』と思った。


「サクラの領地は今注目されているからね。少しでも顔を知ってもらいたいのだよ」

「そっちですか」


 私の、という実感はあまりないのだけれど、辺境伯マーグレイヴ領は、日本の技術を投入したお陰で鉱物の採掘だけでなく、精製した金属やその他の製品の輸出が好調だと、代官のホールースさんから聞いている。鉱物から作った顔料が、意外に好評だとか。


「それなら、まぁ、理解できます。でも、私、人の顔を覚えるのが苦手で」

「私の方で、主催者から参加者たちの名前をもらっておこう。後で大使館に届けさせるよ」

「本当ですか? 助かります」

「いや、礼はいいよ、君は身内の人間だと思って居るからね。その上で、一言苦言を述べさせてもらえるなら、貴族の名と顔を覚えておいて損はないよ。できれば、その後継者も含めてね」

「はい。耳が痛いです。有力な貴族の方は、チェックしているんですけどねぇ」


 言い訳だ。これまでに集めた情報は、タブレットに入っているから、いつでも読めるっておもっちゃうのよねぇ。


 そんなこんなで、オールト子爵の助力を得ながら、次々にやってくる貴族を捌いていると、あっというまに歓迎会も終わりに近づいてきた。会場からも、人が少しずつ少なくなっているようだ。あぁ、やっと開放されると思ったその時、正装に身を固めた陸自の隊員が、血相を変えてこちらに飛んできた。


「し、失礼します! 阿佐見調整官!」

「え? どうかした? えっと……」

「田端二尉であります!」


 田端二尉と名乗った自衛官は、きちっとした敬礼をした後、私に良くない報せを伝えた。


「金原議員が、騎士団に捕縛されました」


□□□


 王宮の地下には、罪を犯した者を一時的に留置する牢獄――いわゆる、地下牢がある。以前、ここを訪れたのは、反逆を起こしたアズリン師と会うためだった。彼が起こした叛乱を私が止めて、捕らえられてここに入れられていた。私は、どうして彼が叛乱を起こしたのか、日本わたしたちに対する憎しみなのか、もしそうなら、それはどこから来た感情なのか。私はそれが知りたくて、無理を言って彼に会わせてもらった。

 あれから一年以上が過ぎたけれど、まさか再び足を踏み入れることになろうとは。


「足下にお気を付けください。少々、滑ります」

「ありがとう」


 先を行く、二名の王宮騎士の後について歩きながら、私は頭を抱えていた。私の隣を歩く宮下議員は、もっと頭が痛いことだろう。なにしろ同じ党に所属する議員がしでかしたのだから。私たちのアラを探しに来て、自分たちが失態を犯すなんて笑い話にもならない。自分をそして党を守るためにはどうしたらいいのか、必死に考えているのが表情からも見て取れる。


 階段を降りた先も、石畳の床だった。壁は粗く削ったような岩肌で、所々に灯りが点っている。魔法ならもっと綺麗に作ることもできるのに、わざと荒々しくすさんだような印象を与えるためにこうしているのだと聞いた。たしかに、こんなところに長くは居たくないよね。


「先生っ! 宮下先生っ!」


 私たちがある檻の前に来ると、その奥から小太りの中年男性が転げるように飛び出てきた。宮下議員の名を呼びながら、檻の隙間からこちらに手を伸ばす。が、すぐさま騎士が持っていた槍のつかで、その腕を叩いた。


「静まれ!」


 騎士に一喝されて、その男、野党第一党所属の金原議員は、腕を引っ込めた。暗かったのですぐには分からなかったが、下着姿だ。うぇ、おっさんの下着姿なんて、なんの罰ゲームよ。


「金原くん、まったく大変なことをしてくれたね」

「せ、先生……わ、私は何も……」

「何を言っておる、君、貴族のご令嬢に乱暴を働いたというじゃないか」

「乱暴だなんて、私はただ、お酌をしてもらおうと……」


 あー、もう典型的な酔っ払い親父の言い訳だわ。第三者からの証言では、ひどく酔っ払ったこのおっさんが、女性同士で会話しているところに乱入し、近くにいた貴族令嬢の腕を取って引き寄せたうえに、後ろから羽交い締めにして首筋にキスしたとか。もうね、弁解の余地はないね。

 ちなみに異界こっちには、女性がお酌をする風習はないし、貴族の女性の身体に許可なく触れることも御法度。


 私や護衛としてついてきた田端二尉、それに王宮の騎士たちが呆れているのを、牢の中の男は感じ取ったのだろうか。さっきにもましてしおらしい態度で先輩議員に懇願し始めた。


「宮下先生、ここから出してください。謝罪ならいくらでもします。ですから」

「そう言われてもねぇ」


 そういって、宮下議員はこちらをちらっと見る。こっちに振らないで欲しい。けど、しかたがない。


「金原先生。よくお聞きください。先生はしばらくここからは出られません。数日後、仮裁定が降りれば別の場所に移動できるかもしれませんが、ここより少し環境が良くなるだけです。今のうちに覚悟をしておいてください」

「かっ覚悟とは何だ! だいたい、お前は調整官だろ! 俺を今すぐここから出せ!」


 あーいらいらする。すごいな、この人、人を苛つかせる天才かも。


「出せません! いいですか? ここはヴェルセン王国であって日本ではないのですよ? 王国には王国の法律があります。その法律には従ってください。“郷に入れば郷に従え”です」

「うるさいっ! 私を誰だと思っている! 先生、先生からも言ってやってください」

「金原君、無茶を言うな。私にも彼女にもできることはないのだよ」

「そんなぁ……」


 檻にしがみつくようにしながら、金原議員はその場にくずおれた。


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