異界調整官 外伝Ⅱ 視察団来る

水乃流

議員視察団

 ファシャール帝国で内乱が発生した際、内乱鎮圧にテシュバート在駐の自衛隊戦力を参加させるか否かについて、国会内で議論が紛糾した。しかし、最終的には「集団的自衛権行使」という名目で派遣が決着した。幸いなことに日本側には人的被害は全くなかったことで、世論も早期解決を喜んだ。

 しかし、内乱への介入に際して政府は野党に対し、ひとつの交換条件を呑まざるを得なかった。野党議員を中心とした、視察団の受入である。視察といっても、中身は査察と変わらない。彼らの目的は、蓬莱村ならびにテシュバートの欺瞞を暴き、政権交代の足がかりにすることであった――べべんべんべん。


「巳谷先生、あまり茶化さないでください。こっちは真面目に悩んでいるんですから」

「や、すまんすまん。少しでも場を明るくしようと思ってなぁ」


 久しぶりに開催された、蓬莱村での運営会議。議題は査察、じゃない視察団の受入について。


「よりにもよって、この忙しい時期に来なくてもいいのに」


 蓬莱村の村長である音川ジョイラントしらべは、お腹を撫でながら愚痴を口にした。


「詩、愚痴は胎教に悪いわよ」

「大丈夫よ、この子、お父さんに似て強いから」


 強い? 父親であるダニー君と強いというイメージが結びつかなくて、その場にいた全員が微妙な表情になった。これも最近、良く見る光景だ。


「はぁ……それはさておき。対応しない訳にはいかないので、担当を決めたいと思います」


 詩が忙しいといったのは、移住者の到着と視察団の到着が、ほぼ同時期だからだ。


「迫田さんはテシュバートで、上岡一佐が蓬莱村ここで視察団の対応をお願いします。詩は体調のこともあるので、最初の挨拶だけで。あ、巳谷先生フォローお願いしますね。それから、尾崎さんのところから何人か、回してもらえますか? 主に移住者への対応として」

「今の時期なら農作業は少ないから、人手はそちらに割けるよ。同じ移住者なら、不安も少なくなるだろうし」

「お願いします。あーっと、それから王都での謁見なんですが、視察団全員という訳にはいかないので、選抜して連れて行きます」

「ほぉ、よく納得しましたね(視察団が)」

「まぁ、短期間で視察を済まそうと思ったら、何チームかに分かれなきゃいけませんからね。その代わり、こっちでスケジュール管理することになりますが」


□□□


 ウルジュワーン国の叛乱は、ようやく落ち着きを見せているが、いくつか燻っている問題も残っている。帝国内の問題なのでこちらから首を突っ込むことはしないが、定期的に開かれるようになった、日本と王国、帝国の三者会談で、最新の情報が送られてくる。


 <らいめい>の船上で捉えたカド王は、帝国に引き渡され尋問が続いているらしい。けれど、会話はできるけれど要領を得ないという。その他、カド王に従っていた連中も、なぜカド王に従っていたのか、よく覚えていないと話しているらしい。

 迫田さんは、精神操作――そんなものがあるとして――の可能性を考え、DIMOから専門家を呼んだ。異界こっちで通用するのかと思ったら、精神操作に長けた吸血鬼らしい。なんだかこわいので、関わらないようにしている。


 実を言えば、視察団よりも別の事が気になっている。ヴェルセン王国とファシャール帝国の国境、その西の端に新たな都市を建造するという計画。両国の和平の象徴として、城壁のない都市にする。私たちもその計画に賛同し、都市計画などで協力している。半年後くらいには、形になるかなぁ。

 テシュバートの時もそうだったけれど、ひとつの街を作り上げるのは、とても大変だけれどとても楽しい。新たな発見だわ。しかも今回は、みっつの国家が協力して作り上げる都市だ。立派な都市を造って、この世界インタタスの平和に貢献したい。


 だから、本当は視察団なんて、なんてっていったら失礼かもしれないけれど、お客さんに構っている暇はないのよねぇ。はぁ。宮仕えの辛いところだわ。


□□□


「異界、蓬莱村へ、ようこそ」


 十組三十名の移民団に続いて、三十人の視察団が蓬莱村へ足を踏み入れた。視察団のうち十二人が国会議員、残りが秘書と(自称)専門家だ。何の専門家なのかは知らない。査察団は、なぜか全員、男女とも黒っぽいスーツに革靴(またはヒール)という、蓬莱村にそぐわない格好をしている。


「団長の宮下だ」


 こちらが差し出した手を無視するように、宮下議員は「責任者は誰かね?」と聞いてきた。私がその責任者ですが何か? いや、この親父、私が責任者だってことは、十分に知っているのだろう。そういえばこの議員、「脱官僚政治」を旗印に掲げてきたヒトだった。官僚嫌いは筋金入り、というわけだ。やれやれ。


「ここの責任者の阿佐見です、宮下

「あぁ、そうか。うん、よろしく頼むよ」

「こちらは保安担当の上岡一佐」

「そうか」


 一瞬躊躇した宮下団長が、差し伸べられていた上岡一佐の手を握った。野党は、自衛隊を憲法違反と言っている。その党員だからね。上岡一佐も知っているだろうに、表情一つ変えないのはさすがだわ。内心どう思っているのかは分からないけど。


「みなさんには、村の迎賓館に宿泊していただきます。夕食の前に通信パッチを貼らせていただきますのでよろしくお願いいたします」

「通信パッチ?」

「通信用回路を印刷した透明のパッチです。ここでは携帯電話が使えませんので」


 お客さん用なのでシールタイプにしてあるが、私たち村民は直接肌に電子回路を印刷している。回路用の電力は、服の中に仕込んだ感圧発電素子でまかなっている。シールタイプでも印刷タイプでも貼り付けた回路で、村の中であれば双方向通信が可能、なだけでなく、位置も分かるしバイタルも分かる。位置情報に関しては、視察団向けの説明書にも書いてある。とっても小さい文字で。


「スケジュールですが、明日は村内の視察がメインとなります。次の日からは、三班に分かれていただいて、大陸内の視察となります。では、迎賓館の方へどうぞ」


□□□


 その夜。歓迎会という名のパーティーを終えた私は、危機管理センターに顔を出した。


「こんばんは、お客さんたちの様子はどう?」

「先生方は、大人しくしていますよ~。まさか、初日から何かしでかす人もいないでしょう?」


 オペレーター席にいた姫川三尉が、ボブカットの髪を触りながらつまらなさそうに答えた。


「そうでもないのよ、サリフ皇帝が身分を偽って偵察に来た時は、初日の夜から大騒ぎだったわ」

「へぇ~」


 この春、自衛隊員も大幅に増員され、ここのメンバーの半分は新人さんだ。去年の話なんて聞いていないだろうな。ちなみに、サリフ皇帝の蓬莱村での評価は、“残念な人”だ。うん、村に来る度エバさんに怒られているからなぁ。


「議員さんたちは、そんなことないだろうけれど、注意は怠らないでね。はい、これ差し入れ。パーティーの残りで悪いんだけど」

「いえいえ、うれしいっす。いただきます!」


 私の差し入れに舌鼓を打つ若い隊員たちを見て、なんだか急に年齢を感じてしまった。最近、あんまり食べられなくなったのよねぇ。


□□□


 次の日。蓬莱村の案内は、大きなトラブルもなく済んだ。一部で『魔物クリーチャーズが見たい』などという要望が出たが、あまりに危険性を無視した発言だったので、上岡一佐からその場で注意してもらった。去年、蓬莱村に来た自称ジャーナリストが、軽い気持ちから魔物クリーチャーズを刺激して、あわや村が全滅しかけた話は知っているはずなのに。あれ? それとも情報統制されていて、そんな話は伝わっていないとか? まさかね。

ともかく、国会議員だからといって、何でも要求が通るとは思わないで欲しい。でも、あっちは蓬莱村こっちの生殺与奪の権利を持っていると思っているんだろうなぁ。


 少し前に、蓬莱村とテシュバートの人たちで話合ったことがある。“ザ・ホール”が閉じてしまったらどうするか? という事について。

 たぶん、当初は混乱すると思う。けれど、蓬莱村は自給自足の目処がついているし、辺境伯領わたしのりょうちでは、魔鉄鋼だけでなくマグネシウムや銅などの金属類の採掘も始まっている。つまり、”ザ・ホール”が閉じてもやっていける、という結論になった。みんな、こちらに骨を埋める覚悟の人がほとんどだからね。

 私? 私は……少しずつ意識が変化していると思う。もう、あまり日本あちらに未練はない。特に、視察団のようなゴタゴタを持ち込んでくるような政治については、怒りを通り越して呆れてもいる。それは、国家公務員としてはどうなの? と思わないでもないけれど、異界こっちでの暮らしが長くなると、どうしてもね。

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