29――かつての主従

「旦那様、奥様。お久しゅうございます」


 死霊使いから解放された幽霊夫婦の前に、スラポンが跪く。ルジュアール侯爵は彼をじっと見つめていたが、やがて思い至ったように目を見開く。


「そなた、マーディか! 随分姿形が変わっているが」

「いいえ、わたくしめはマーディの思念を引き継ぐ者。現在は身代わり人形スラポンとして、こちらのアルバ=エマニエル様を主としております」


 スライムボールの原理を説明すると、ちょっとややこしいからなー。モフィ―リアによれば、スライムになってしまった魂の残骸は、最早生前の記憶が残らないのが普通らしいから。スラポンは特殊なケースなんだろう。


「そうか……そなたたちにも、迷惑をかけてしまった。詫びと言っては何だが、この屋敷を引き取ってはくれんか? 古くて住めないようなら、取り壊しても構わん」

「いいんですか?」

「私たちの心残りは、あの子でしたから」


 二人の体が光り始め、徐々に透けていく。スラポンが嗚咽を漏らした。


「スラポンよ。今後はアルバ殿に仕え、守ってやってくれ」

「承知……っ」


 最後は直接脳内に声が響き、夫婦は消えてしまった。寝室に残された僕たちは、夢でも見せられたかのように呆けていた。窓の外が明るくなってくる。夜明けも近いのだろう。


「あーあ、残念。お宝の在り処を聞けませんでしたね」

「お前さ、もうちょっと余韻というものを……」


 モフィ―リアの呟きに呆れていると、さっきまで咽び泣いていたスラポンがすっくと立ち上がる。別れを済ませ、気持ちを切り替えたようだ。


「それなら、私の中のマーディが存じています。彼はこの屋敷の一切を取り仕切っていましたし、公爵からの信頼も厚かったですから」

「本当? でかした!」


 スラポンの思わぬ申し出に大喜びのモフィ―リア。最初は薄っすらとしか思い出せなかった記憶も、以前の主人と再会できた事が刺激となり、完全に引き出せたのだと言う。


「そうすると、お前は『マーディ』と呼んだ方がいいのか?」

「いえ、記憶はあくまでも記憶でしかありません。ぜひとも契約時に付けていただいた名でお呼びください」


 確かにマーディ本人とは違うので、僕はそれを尊重し、さっそくお宝探しと行きたかったのだが。

 その前にふん縛った死霊使いを突き出して、正式にこの屋敷を貰い受けるのが先だと言われた。夜通し戦っていたためくたくただったし、一旦休みたいのも事実だ。せっかくなので、このベッドを……と座ってみたら、ギシッと大きな音を立てて軋んだ挙句に埃が舞った。


「ゲホゲホッ! 全然掃除してないじゃないか」

「ごろつき共は根城にはしていても、本格的に住居にする気はなかったみたいですね」


 死霊使いを睨み付けると、ざまぁみろと言いたげに鼻で笑われたので、腹いせにアイテムを強奪してやった。幽霊たちを意のままに操る水晶玉だ。あとは……おや?


「モフィ―リア、これ……ベッドの脇に二つ落ちてたんだけど」


 ちょうど、公爵夫妻が立っていたその場所にそれぞれ一つずつ。半透明の涙の形をした小さな石を見つけた。彼女は僕が差し出したそれを見て、飛び上がって喜ぶ。


「やりましたね、御主人! これと水晶玉があれば、ラジオがクラフトできますよ!」


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