23――名は体を表す

 ★ ★ ★ ★ ★


『コージって、ここらじゃ聞かない名前よね。どんな意味なの?』


 目の前でパチパチと音を立てる焚き火を見守りながら、フィンは僕に寄りかかる。随分と僕を――いや、コージを慕っているのだろう。

 僕の手は持っていた枝で地面に文字を書いていく。が、何と読むのかは自分で書いておきながら分からない。


『俺の名前は向こうじゃこう表記するんだが、虹のみちと書いて『コージ』と読むんだ』

『素敵ね……ポピュラーな名前なの?』

『いや、読み方はともかくカンジ……同じ文字の組み合わせは見かけた事ないな』


 僕は足を前に突き出し、地面の文字を消していく。するとフィンは僕の手からサッと枝を取り上げ、自分も地面に名前を書いていく。

 これは、僕にも読めるぞ。


『フィンさんはねぇ、こう書くの!』

『ミミズがのたくったみたいな文字だな。どういう意味だ?』


 ミミズと言われて、フィンの機嫌が悪くなる。


『むうーっ、コージには教えたげないもん!』

『ごめん、悪かったって。女の子の名前を貶すもんじゃないよな。フィンの名前、すっげえ可愛い! よっ、ニッポンイチ!』


 調子いいおっさんだな、読めないくせに……大体、ここはニッポンじゃない。だが煽てられて悪い気はしなかったのか、フィンはそっぽを向きながらも手だけは名前が書かれた地面を指した。


『あのね、これが妖精を表わす古い言葉なの。全体としては、妖精的とか、妖精のようなって意味よ』

『へえ……いいと思うよ、神秘的で』

『……ほんとに?』


 そう言ってこちらを向いたフィンの瞳が、不安で揺れている。何だろう、あまりこの名前が好きじゃないみたいだ。

 僕はその不安を散らすように、フィンの頭をガシガシ撫でてやる。


『ああ、名は体を表すって言うけど、ぴったりだよ。何より、可愛いじゃねえか』

『そ、そっかー……えへへ』


 照れ臭そうに笑いながら、地面の文字を枝でつんつんしていたフィンは、悪戯っぽい目を僕に向けた。


『ねえ、そう言えばコージのファミリーネームはどう書くの? 確か『ユズリ』だったよね』

『ん、ああ。弓を削ると書くんだが、字はこう……』

『あっ、違うの。書くとこはこっち。あたしの名前の横!』

『んん?』


 不可解な事をさせようとするフィンに腕を掴まれ、コージは首を傾げるが、僕は意味が分かってしまい、いじらしさについにやけそうになった。


(可愛いな畜生! いいよ、名前なんていくらでも書いてやるよ)


 ★ ★ ★ ★ ★


「何が、可愛いですか?」

「へ……うおぉっ!?」


 無機質な声で話しかけられ、何気なく横を向けば、目の前には生気の感じられない無表情な男。思わず飛び上がった拍子にベッドから落ちてしまった。

 きょろきょろしながら確認したところ、モフィーリアの隠れ家に戻ってきていたらしかった。


「ゆ、夢か……」

「大変幸せそうな寝顔で、起こすのも憚られたのですが、そろそろ夕方になりますので」

「え、もうそんな時間!?」


 どうやらお化け屋敷で眠ってしまった僕を、この身代わり人形はわざわざここまで運んでくれたようだ。


「悪いね、ありがとう……えーっと」


 彼の事を呼ぼうとして、まだ名前がなかった事に気付く。いつまでも名無しのままじゃかわいそうかもしれないな。

 僕は起き上がると、隣の部屋にいるであろうモフィーリアを呼んでもらった。


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