18――引っ越し準備

 実家の倉庫に描かれた魔法陣を通って着いたその場所は、モフィーリアの生活空間だった。床には僕らが立っているところ以外にもいくつもの魔法陣が描かれている。


「なるほど、猫にされる前はこうやって離れた場所を移動してきたんだな」

「そうそう。でも、ここはもう引き払う予定ですけど」

「なんで?」

「何でって御主人、いつまでメイドの家に厄介になってるつもりですか。早いとこ自分の住まいを用意しなきゃダメでしょ!」


 メイドの家って、お前も勝手に植物園に住み着いてるんだけどな……と言いたいところだけど、確かに今の僕はモフィーリアに世話になりっぱなしだ。


「住まいも大事だけど、まずは仕事探しじゃないか? 借りるにしろ買うにしろ、金がかかるからな」


 都で商売を始めるには、役所に届け出なくてはいけない。もぐりが勝手に売買を行っては取り締まりの対象になってしまう。


「御主人、知らないんですか? 提出書類には現在の住所を書く必要があるんです。うちはダメですよ、不法滞在ですから」

「や、やっぱりそうなのか、ここって」


 泊っている宿屋など、即時連絡が取れる場所ならどこでもいいそうだが、宿代を考えるとあまり長居はできない。どこでもいいから王都にそこそこ近くて雨露を凌げる拠点を見つけなくては。


「そこで良い話がありますよ、御主人。誰も手をつけられない訳あり物件を格安で買い取るんです。土地さえ手に入れば、魔法陣置き場にして国中を自由に行き来できるでしょう?」


 うまい話のようだが『訳あり』の程度にもよるな……こいつが思い付くという事は、他の誰かが考えないはずもない。それを含めての『訳あり』じゃなかろうか。


「――なんて考え込んでても埒が明かないな。とりあえずあてがあるなら見てやろうじゃないか。この家か……随分立派な屋敷だな?」


 モフィーリアから手渡された、SALEと書かれた書類に目を通していくうちに、僕はだんだん血の気が引くのを感じた。


「十数年前に没落した公爵家の邸……? 後に領地ごと国のものになったけれど、怪奇現象のため取り壊す事もできず、朽ちるのを待つばかりの荒れ地と化している。……って」

「お化け屋敷、ですよ」


 滝のように汗が噴き出す僕を、モフィーリアはニヤ、と得意げに笑い、書類をトントン叩く。


「作業台に登録されているレシピには、この世ならざる者と戦うための武器もあるんです。それでいっちょ屋敷のお化けどもをおん出して、一等地を手に入れようじゃありませんか御主人」


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