8――メタモルフォーゼ

 そこには、僕が持ってきた荷物が無造作に置かれていた。モフィーリアに半ば無理やり持たされたメイド服一式もそこに詰め込まれているはずだ。


「今から御主人には、この忌々しい首輪を解いてもらいます。そして私がいいと言うまで、反対側を向いていてください」

「なんだってそんな事……」

「私じゃできないからですよ。さ、早く」


 尊大に首を差し出され、わけが分からないまましぶしぶ首輪を外す。自分じゃ取れないと言った割には、あっさりと外れた。掲げて見せると、まん丸い猫の瞳が大きく見開く。


「あ、あ"ぁ……にゃあああぁぁぁ!!」

「お、おい大丈夫か!?」


 突如雄叫びを上げたモフィーリアを心配して抱き上げようとすると、小さな体に似合わぬ力でパンチされた……こん畜生。


「あっちを向けと言いました! うぐ、早くっ!!」

「分かった、分かったよ!」


 殴られた頬を擦り、不貞腐れながら後ろの壁を見ると、そこには驚くべきものが映っていた。


 モフィーリアの、猫の形をした影が、ぶるぶる震えながら変形していくのだ。


「ぎゃおぅ、ぎゃあぉぉ……」


 妙な唸り声を発しながら小さな影はどんどん膨らんでいき、やがて人の形に変わっていく。衝動的に振り返りたくなるのを堪え、僕は口を両手で押さえて壁を凝視していた。


 どれぐらいの時間が経ったのだろうか……ほんの数分かもしれないが、僕にはいやに長く感じられた。


「もういいですよ」


 モフィーリアの声に恐る恐る振り返れば、そこには先ほどまではいなかった、一人のメイドが得意げな顔で立っていた。


「……誰?」

「この流れで想像がつかないなんて、残念な御主人ですね? 私です、あなたのサポーター、モフィーリアですよ」


 言われてみればこのメイド、黒髪からピンと跳ねた癖っ毛に見えていたのは猫の耳だ。この国には珍しい、亜人と呼ばれる種族なのだろう。


「お前、雌だったのか」

「殴りますよ」


 猫の時に確かめればよかったと言えば、拳を突き出して威嚇してくる。でも男か女かで、気の使い方も変わってくるじゃないか。どっちみち猫だと思ってたら気にしなかったけど。


「この隠れ家といい、一体何者なんだよ」

「では、改めて自己紹介を……コホン。私の名はモフィーリア。職業は魔道具職人をしております。素材を求めて諸外国を旅していたところ、奴隷商人に捕まり、この呪いの首輪で姿を変えられてしまったのです」


 奴隷? 呪い?

 物騒な言葉に戦慄する。僕はこの国の外の事はよく知らないが、亜人を奴隷にしたり、人を猫に変える呪いがある世界など想像もつかない。

 顔を顰める僕の見識の浅さをおかしそうに笑うと、モフィーリアは説明する。


「ここ、ミーティア王国は世界でも比較的に平和で穏やかな部類だと言えるでしょう。長らく戦争もなく、人外に見える種族もそこそこ受け入れられていて、魔法も生活に即したものばかり。全ては聖樹のご加護のおかげだと思っています。

だから奴隷商人から逃げ出した私は、何とかこの国に辿り着き、助けを求めたのです。


聖樹に宿る守護神、木霊様に」


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