6――植物園へ

「さぁ御主人、住処に向かう前に荷造りしましょう」


 モフィーリアはそう言ってひょいと僕の肩に飛び乗り、準備を促してきた。荷造りと言っても、大したものは何もない。リュックを手にまずは自室で数着の着替え、厨房で二、三日分の食料を詰め込んだだけで終わる。


「あ、それと使用人用の制服も貰えます?」

「そんなの何に使うんだよ?」

「そりゃあ、私は御主人の召使いですから」


 腑に落ちない答えしか返ってこなかったが、疑問を追求するよりも一先ず言う通りにするしかない。どうせ何をするべきかも決めていないのだから。

 制服の予備は、使用人部屋の箪笥にまとめて入っていた。給料を支払える余裕もなく、ほとんど辞めさせてしまったため、箪笥の肥やしと化していた制服一式を一人分持って行っても問題ないだろう。


「メイド服なんてどうするんだよ。どうせお前着れないくせに」

「まあまあ、詳しい事は向こうでお話ししますよ」


 ぶつぶつ言いながらも兄さんにバレたら変な目で見られそうなので手早く服を突っ込むと、リュックはパンパンになってしまった。何と言うか……一番無駄な荷物を持たされてしまった気がする。入り切らなかった分を入れるためにギターケースをトランク代わりに使う羽目になったし。


 すぐにでも男爵領を立つ事を告げると、スティーブ兄さんは申し訳なさそうにしながらもホッとしていた。僕にニートとして居続けられては困るほど切羽詰まっていたのだろう。


「すまないな……お前の生活が安定するまでは、出来るだけアレックスと援助してやるから」

「そんな余裕ないだろ? 僕だって叔父さんになるんだし、いい加減フラフラしてらんないよ」

「き、気付いてたのか?」


 父さんの葬儀から早く立ち直ったのは、次期当主としての自覚だけではなかったというわけだ。しばらくは何かと協力してもらわなければならないが、兄さんには男爵領と新しい家族の方を優先して欲しい。


「倉庫のガラクタは後で取りにくるから、それまで置いといてよ。じゃあね」


 モフィーリアに従い、王都に戻れるだけの僅かなお金だけを受け取ると、僕は兄弟たちと別れたのだった。


 ★ ☆ ★ ☆ ★


「モフィーリア、ここって……」

「王立植物園です。デートには最適の場所ですね」


 王都に戻った僕にモフィーリアが向かうよう指示したのは、国中の珍しい植物を集めた観光スポットだった。そう言われた通り、あちこちにカップルが散見される……くそう。


「なんで僕がわざわざこんな場所まで来なきゃならないんだ。お前とデートでもしろって言うのか?」

「御主人こそ私とデートだなんて、昼間っから寝言も大概にしてください」


 自称従者の塩っぷりが辛い。


「言ったでしょう? 私の住処だって。こっちですよ」

「ちょ……おいおい」


 僕の腕の中からひょいと抜け出したモフィーリアを慌てて追っていくと、巨大な木に行き着いた。細い幹が何本も絡み付き、時間をかけて一本の大木になった感じだ。


「すごいな……まるで聖樹だ」

「御主人、聖樹を見た事あるんですか?」

「直接はないけど……砂漠の向こう側にあるって言うし。でもほら、説明板に『精霊が宿る幸福の木』って書いてるし。名前は……『ガジュマル』かぁ」


 聞いた事のない植物だ。それに、この国で精霊と言ったら木霊様の事だ。なのにこの説明板には何と言うか、他人事のように書かれている。もしかして、外国から持ち込まれたのだろうか。


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