5――精霊の御使い

「懐かしいだろ、ここ。子供の頃はよく隠れんぼに使って怒られたっけ。ここに置いてあるの、全部お前の好きにしていいから」


 倉庫だった。

 しかも明らかにガラクタしか残ってない。恐らく値打ちのあるものはとっくに選別され、運び出されてしまったのだろう。

 スティーブ兄さんが行ってしまうと、後は呆然とした僕と足元に纏わり付く猫だけが残された。


「にゃーん」

「はあ……スティーブ兄さんには屋敷、アレックス兄さんには武器と馬。僕にはガラクタと猫一匹だけかぁ」

「そんなにがっかりしないでくださいよ、御主人」


 ……ん?

 今、僕に喋りかけたのって誰だ?


 辺りを見回してみるが、いたのは足元の猫だけだ。摘まみ上げ、恐る恐る話しかけて見る。


「今のって……お前が? まさかな」

「そのまさかですよ、御主人」

「うわっ、喋った!」


 驚きのあまり放り出してしまい、「乱暴しないでくださいよ!」と抗議される。猫なので華麗に着地していたが。


「私を大事にするよう、御主人は言われたはずでしょう?」

「何故それを……?」


 言ったのは夢の中でお告げをくれた木霊様だが、こいつが知っているはずがない。いや、それより――


「御主人って事は、首輪はしてるけど飼い猫じゃなかったんだな」

「この首輪は勝手につけられたものだし、そもそも私、猫じゃないんですよ」


 いや、猫だろ。

 それはともかく、猫はモフィーリアだと名乗った。木霊様から僕を助けるよう仰せつかった……らしい。


「お前、精霊の御使いか何かなのか?」

「御主人に関しては、そう考えてもらっても結構です。ちょうど遺産分けも済んだ事ですし、御主人の独り立ちをしっかりサポートさせてもらいますよ」


 独り立ち?

 首を傾げる僕に、猫――モフィーリアは呆れて溜息を吐いた。


「あのですね、現在の男爵はお兄さんでしょう? いつまでも御主人が家に居座り続けるわけにはいかないじゃないですか。

それに、可愛い恋人が欲しいなら実家に世話になるより、新しい住居と仕事は用意しませんと」


 耳が痛いところを突いてくる。確かにそろそろ仕事を探さなきゃいけない年頃ではあるけど、自分が何をすべきなのかは、まだはっきりとは決まっていない。


「まあとりあえず、私の住処に来ます? しばらくはそこで暮らしながら考えましょうよ。色々教えたい事もありますし」

「お前の家に?」


 戸惑う僕をよそに、モフィーリアはキョロキョロと倉庫内を物色すると、あるガラクタに目を付け、前足を置いた。


「それじゃ、まずはこれだけでも持って行きましょうか。ここは宝の山ですが、一度に全部は運べないので」

「これって……父さんの眼鏡ケース?」


 モフィーリアが前足を退けると、古い眼鏡ケースは何故か淡く光って見えた。薄暗い倉庫の中だと、よりはっきり分かる。


「木霊様に加護をいただきました。このアイテムと私が、あなたの導き手となるでしょう」

「……なんで眼鏡ケースに?」


 こうしてろくな遺産も貰えなかった僕は、自称木霊様の御使いと加護付きの眼鏡ケースを手に入れたのだった……やっぱりガラクタなんだよなあ。


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