4――帰郷

 辻馬車は郊外を出てしばらく歩いた場所にある小さな町ですぐに見つかった。他の乗客たちとぎゅうぎゅう詰めになりながら揺られる事丸一日、ぐったりしたあたりでようやくエマニエル男爵領が見えてきた。


「兄ちゃん、こんな貧乏男爵家に何の用だい? 稼ぎたいならもっと景気よく給料弾んでくれるとこを当たった方がいい」


 馬車に乗り合わせたおっさんに冷やかされ、乾いた笑いを返す。庶民にも普通に知られるぐらい、うちの貧乏っぷりは有名らしい。まさか僕がその三男坊だとは気付かなかったようだが。


(貴族だとも思われなかったのかな? 一応、これが一張羅ではあるんだけど)


 もっとも、きっちり正装してるからと言って貴族とも限らないんだが。おまけに崖を滑り落ちて気を失っていたおかげでボロボロだし、仕方ないのかもしれない。


「にゃーん」

「あっ、お前……今までどこにいたんだよ?」


 馬車の中ではいつの間にかいなくなっていた黒猫が、再び僕の腕の中に飛び込んでくる。上から降ってきたって事はこいつ、馬車の幌に乗っかってたみたいだ。

 こうして僕はこの奇妙な同行者と共に、地元エマニエル男爵領に帰ってきたのだった。


 ★ ☆ ★ ☆ ★


「帰ったか、アルバ……何だその猫は? うちは余計な食い扶持を増やす余裕なんかないぞ」

「うにゃっ!!」


 亡くなった父さんの跡を継いで領主となった長男のスティーブ兄さんが眉を顰めると、猫は言葉が分かるのか、フーッと威嚇した。


「木霊様が夢のお告げで、連れていけって言われたんだよ」

「ふーん、お告げねぇ? 世話はお前がちゃんとするんだぞ」


 信じていないのか、適当に流すと、スティーブ兄さんは改まって席に着く。お茶を出してくれたのは、エプロンを着けているがメイドではなく兄嫁だ。何せ貧乏貴族なので、使用人を雇う余裕すらない。


「改めてお前たちに集まってもらったのは、今日は父さんが亡くなってちょうどひと月目になるからだ。お互いの身辺も落ち着いてきただろうし、そろそろ遺産を分配したい」


 遺産と言っても男爵家に大した財産は残っていない。スティーブ兄さんは長男だから、領地と屋敷を継ぐのは当然として……


「アレックス、お前はどうする?」


 次男のアレックス兄さんは、女性のようにも見える中性的な顔立ちの美男子だが、何故か肉体派で冒険者となり、ほとんど家に帰らなくなった変わり者だ。ぼーっとした表情で僕たちを見返しながら答える。


「馬が欲しいな……あと装備一式。古過ぎるのでも骨董品として売れるから、とりあえず譲ってもらえればありがたい」

「骨董品か……うちにも多少は絵とか壺とかあるから、かき集めて売れば二束三文にはなるかな」

「あ、あのー……」


 僕を置いて話を進めていく兄たちに、恐る恐る声をかける。このままでは屋敷の財産は二人に取り尽くされて、自分の分がなくなるのではないか。

 懸念する僕に、スティーブ兄さんは今気付いたらしく、立ち上がった。


「そうそう、アルバにはこれを渡しておきたかったんだ」


 そう言われて連れて行かれたのは――


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