2――幼い約束
「はあ~~……」
ぺしゃんこになってしまった花束を抱え、僕は男爵領への道をトボトボと歩いていた。アダマス王女の生誕祭に国中が沸いているせいか、辻馬車も捕まらず、王都周辺の宿はどこも満室だ。かと言って城に用意された客室に泊まるには、周囲の嘲りの視線に耐えられそうになかった。
「何だよ……お姫様へのプレゼントに花束って、そんなにおかしいかよ」
ふと、灯りに照らされた噴水を覗き込めば、歪んで映るのは何とも貧乏臭い姿のさえない自分。
これが本当に、貴族と言えるのだろうか。確かに男爵家には生まれたけれど、領主だった父が死んでから、兄が何とか領地を立て直したものの、贅沢な暮らしなど夢のまた夢なのだ。そんな貧乏貴族からの花束など、王女からすればショボイだろう。
今だって専用の馬車もお供の一人もおらず、数日かかる道のりを徒歩で帰るほどなのだから。
「うう……惨めだ」
郊外には森が広がり、真っ暗な中に響くざわめきが不安を煽る。いつ抜けるのかとおっかなびっくり進む内に、突如足場がなくなった。いつの間にか道を外れ、急な坂を転がり落ちていく。
「なっ!? うわああぁぁ……――いでっ!!」
ゴンッと何かにぶつかり、あまりの痛さに頭を抱えて悶絶する。だが、おかげで転落は止まったようだ。ズキズキする頭を擦りながら確かめると、それは小さな祠だった。中にはマルチョン顔の単純な造りをした小さな像が祀られている。
「木霊、様……?」
『木霊様』とは、国の守り神である聖樹に宿る精霊と言われている。国民の願いを
「もし本当に願いが叶うなら……恋人が欲しい! できればワガママ姫より可愛い子をお願いします!」
道から外れた寂しい場所に立てられた祠に縋ってしまうほど、僕は追いつめられていた。ふと、アダマス王女にぺしゃんこにされた花束が目に入る。どうせ捨ててしまうなら、木霊様に受け取ってもらおうと像の足元にお供えする事にした。
「そう言えば木霊様って、女の精霊って聞いた事あるな。好きになってくれるなら、いっそ木霊様でもいいかもしれない。マルチョン顔だけど」
頭を打って朦朧としているせいか、何とも罰当たりな事を口にする。やがてとろとろと瞼が落ちてきて、僕は祠の前に倒れたのだった。
★ ★ ★ ★ ★
『じゃあさ、あたしがお嫁さんになったげよっか!』
脳裏に甲高い女の子の声が響く。目を開けると、十歳くらいの女の子がこちらを覗き込んでいる。どうやら自分は、彼女と世間話をしている最中だったらしい。
『残念だったな、俺に幼女趣味はないんだ。あと十年歳食ったら考えてやるよ』
『幼女じゃないよ。フィンさん五十歳だし、コージより十歳も年上だもんねー』
『え、マジか……いやいや、それでも見た目的に問題だろ』
口が勝手に動くのに任せていると、首を傾げたくなる。どうやら僕は『コージ』なる中年男らしい。そして幼女……に見えるが五十らしい彼女の名は『フィン』。言われてみると神秘的な容姿だが、人間ではないのだろうか。
『だって今まで出会った女の人は、みんなコージの良さが分からなかったじゃない。フィンさん、コージの事大好きだよ。どうしてダメなの? 髪の色が変だから、可愛くない?』
『そんな事ないって。フィンは可愛いよ、ほら……そんな色の虫だっているし』
『褒めてなぁーい! やっぱり……あたしが、人間じゃないから?』
キラキラした瞳が潤み、涙を滲ませる。こんな美少女を泣かすなんて、いっぺん地獄に落ちた方がいいぞ、おっさん。
『違うよ。きっとお前は、妖精の加護を受けたんだ。その成長速度は、俺の知る『エルフ』という種族に似ているが、それでも人間のご両親から生まれたんだろう?
それでも心配なら、妖精を探して自分が何者なのか聞けばいい。その結果人間じゃなかったとしても、もう自分が何者かなんて不安になる事はない。
どっちにしても、こんなおっさんでよければ寿命が許す限り一緒にいてやるさ』
コージの言葉に、泣きそうになっていたフィンの表情がぱあっと明るくなった。よっぽどコージの事が好きだったんだろう。
『約束よ。ずっと一緒にいてね』
頬を紅潮させて笑いかけるフィンに頷こうとして――再び意識が沈んでいく感覚があった。コージの体から離れて、魂だけが闇に飲み込まれていく。
★ ★ ★ ★ ★
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