誤解 side朱里
裕の提案により、海外旅行へ行くことにした。目一杯仕事をしたのだ、そろそろ私にもご褒美が必要だろう。
それに、何より裕が私のことをとても気にしてくれていた。ゆっくり休んで、気分も安らげる必要があるんだなと思ったからこそ、父に電話する。
「あっ!お父さん?」
「珍しいな、朱里から電話してくるなんて!」
久しぶりに電話をした父に私は苦笑いだった。忙し過ぎて、父にも連絡が出来ていなかったことを思い出す。
「ごめんね、仕事がとても忙しかったの。やっと落ち着いたところだよ!」
「そうか、無理はするなよ?」
「うん、わかった!」
「それで、そんなことのために電話してきたんじゃないだろ?」
「そう、だね。あのね、今ね、結婚しようとしている人がいるの。また、近いうちに連れていくけど、その前に、海外旅行に行こうって話をしててね?」
「海外旅行?」
「うん、大きな契約が取れたから、お祝いと慰労を兼ねて」
「パスポートか?」
「そう、それで、戸籍が必要なんだけど……」
「わかった、とって送っておくよ!」
「お父さん、ありがとう!」
お互い体に気を付けてというのを最後に電話を切った。
その3日後、私は、とんでもない事実を知ることになる。
◇・◇・◇
「朱里、僕の方、戸籍きたよ!」
「あっ!本当?見てもいい?」
「いいけど、そんないいもんでもないだろ?両親と妹が書いてあるだけだよ?」
「まぁ、まぁ、いいじゃん!見せて!」
私は届いたという裕の戸籍を見せてもらう。
上から順番に……お父さん、お母さん…………裕で妹。裕の家族、四人分の戸籍が書かれている。裕のお母さんのところで、私は目がとまってしまう。裕の父母の欄を見ても当たり前のようにその女性の名前が書いてあった。
「裕?」
「ん?何?」
「裕のお母さんって、婿養子なの?」
「えっ?あぁ、そうそう。世羅って、女系なんだって。だから、長女が後を継ぐらしくって、僕の代も妹が跡取りなんだ。何?そんなに珍しい感じ?」
「うぅん……そうじゃなけど……お母さんって3月生まれなのかな?名前的に」
「そうそう、3月3日のひなまつりの日だって」
「へぇーなんか、可愛いね!」
「なんとも、ノーコメントで!」
「そんなこと言わない。これ、私が預かっておくね!」
「あぁ、お願いできる?」
「うん、しまっておくよ!」
私は、裕の戸籍をしまうため寝室へと向かった。大事なものをしまっている引き出しを引っ張り出す。その底に入っているのは、私の母子手帳であった。母子手帳の文字をなぞる……
ベッドに座ったまま、その両方をじっと眺めていた。
「朱里?」
心配してくれたのか、裕がドアから顔をだす。呆然としていたので、何でもないようにとりつくい、慌てて手に持っていたものを隠す。
「あぁ、ごめん、急にだるくなって……」
「大丈夫?最近、少し多くない?さすがに変だと思うよ。病院へ行ってきたら?」
「健康診断は、何ともなかったよ?」
「それでも、ちょっと行ってきたほうがいいよ!」
「わかった……時間作っていってくるね。今はもう少し休んでいいかな?」
「構わないよ!ゆっくりしておいて」
ドアが閉まるのを確認して、私はため息をひとつつく。
「こんなこと、あるのね……現実的でないと思っていたけど……」
心配しているであろう裕に申し訳なかったので、隠したものを引き出しに戻し、寝室から出て行った。
私は、それ以降、裕の話が半分も入ってこなかった。
◇・◇・◇
裕に職場でも心配をかけてしまっているらしい。パントリーへ連れて来られ、病院に行ってくる言われる。
そんなに、悪そうにみえるのだろうか?これでも隠しているつもりなのだけど……
「朱里、今日も体調悪いんだよね?病院に行くって言ってまだ行ってないよね?」
「うん、まだ……」
「今日は行っておいで!変な病気だったり大きな病気だったら大変だから!」
裕に促されたなら、仕方がない。近所のクリニックへ行く。
異常は特になく、何が原因なのかわからないが、仕事の疲れが出てきているのだろうということで、ビタミン剤だけもらって帰ってきた。
私は、スマホを取り出す。
「話したいことがあるんだけど……今晩いいかな?」
電話先の相手は、会ってくれるようで、相手のマンションへ行くことになった。胸の内を聞いて欲しい、でも、誰かに言いたくはなく、久しぶりの幼馴染と楽しい話をするためだけに出かけたのであった。
◇・◇・◇
『今日、友人の家に泊まることにしたから、ごめんね。 病院には行ってきて、どこも悪くないって言われたから心配しないで!また、明日会社で!』
私は、裕にメールだけ出して、マンションに集まった久しぶりに会う友人たちと語り合う。
お酒も用意されていたが、今日は、どうしてもそんな気分にはなれず、ずっとオレンジジュースを片手にその時間を楽しんだ。
みなが帰ったあと、幼馴染で元カレの聡と二人になった。
聡は、羽目を外しすぎたたのか飲みすぎてソファで潰れてしまっている。
帰ろうとしたけど、私のために友人たちを集めてくれた聡をほって帰るのも申し訳ないと思い残ってしまったのだ。
「聡、お水持ってきたよ?飲める?」
「う……無理……飲まして……」
「自分でのみな!」
私は膝枕をしてあげ、コップを口につける。ゆっくり流すと、コクコクっと飲んでいるが、きっとこんな少量の水では足りないだろう。
「水、持ってくるね!」
立ち上がろうとした瞬間、私の左手を取る。
「新しい彼氏できたのか?」
目ざとく見つけた指輪を引っこ抜く。
「返して!」
「やだよ!今晩一緒にいてくれたら、返してやるけど!」
「バカなこと言わないでよ!」
「朱里……帰ってこいよ。俺、大事にするしさ……」
「いや、放して!」
聡から逃げるように離れたはいいけど、裕にもらった結婚指輪が、まだ、聡の手元にあった。
「何か調べたいことでもあるのか?彼氏の浮気調査?」
「違う……」
「俺に連絡してきたのって、何かあるんだろ?言わないと、返さないよ?」
私は聡をキッと睨む。冷たいと言われたのに、別れた後から戻ってきてくれという聡のそういうところが嫌で連絡をしないようにしていたのだ。早く、裕のところに……帰りたい。
「ある女性を調べて欲しいの」
「浮気調査?」
「違うわ!私の母親よ!おじさんにお願いしたいのよ!」
「親父へのことはわかった。伝えておくよ。けど、これは、今晩一緒にいてくれたら返すよ。いてくれるだろ?」
「いるだけよ!」
「着替えなら、まだ取ってあるからそれを着ればいい」
いると言ったことで安心したのか、聡は眠りにつく。
だけど、指輪は堅く握られてしまい私の力ではどうすることも出来なかった。
諦めて、着替えを取りに行き、寝ることにする。ここには、鍵がある部屋があるのだ。そこを寝床に、私は眠った。
翌朝、二日酔い……と言っている聡を叩き起こす。
「返してよ!」
「あぁ、これ?そんなに大事なわけ?」
だんだん、腹も立ってきて頬をひっぱたいてやる。
いって……と頬を触り、私をみて悪かったと言い、やっと指輪を返してくれた。ホッとして、その指輪を定位置におさめ、ほぅっと息をつく。
「会社まで送ってく……」
「いい、一人でいくから!」
「そういうわけにいかねぇよ!」
ここまで言えば引かないことも知っているので、高級外車に押し込められた。この車、目立つから乗るのが嫌なのだ。会社までとなると、裕に見られる可能性もあことも考えると、手前か、通り過ぎたところで降ろしてくれるよういうと……ほぼ会社の正面に車をつけられてしまった。
外からしか空かないようにされているようで、聡がわざわざ降りて私エスコートして降ろしてくれる。
「朱里!」
「裕?」
「朱里の知り合い?」
案の定、裕に見られてしまった。私は、居たたまれないのだが……それどころではない。息を切らして駆け寄って来てくれたので、私も裕の元へと急ぐ。
「大丈夫?」
「だ……だいじょぶ……あの、ところで……どちら……さま?」
「朱里の新しい彼氏か?これなら、俺のところに戻ってきてくれてもいいと思うんだけどな?」
「バカなこといわないで!聡も仕事でしょ!さっさと行きなさいよ!」
この男は一体何を言い始めるのか……睨んでやると、降参というジェスチャーだけを残して帰っていく。
「朱里さん、おはよ!あら、元カレくんじゃない!久しぶりね!やっぱり朱里さん以外の子は考えられないってこと?」
そこにタイミング悪く来たのは、杏だった。
聡のことも知っているので、最悪のタイミングだ。
「ずっとそういっているんだけど、朱里がなかなかいい返事をくれないんだよね。朱里、ずっと待っているから!」
「待ってなくて結構よ!それより、お願いね!急いでいるの……」
「あぁ、わかった!じゃあ、またな!」
「はいはい、またね!」
嵐は去っていったので、私は裕へと手を差し伸べようとした。
なのに、杏に引きずられるように職場へと向かう。
「あら、世羅君は、こんなところで何しているの?それより、朱里さん、昨日、何があったか聞かせて!!」
「ゆ……」
デスクに着た頃、課長の湯島のところへ裕から電話があった。私は、その言葉で青ざめる。
「今日、世羅くん、体調悪いから休むそうだ」
「えっ?さっきいたよね?あぁ、朱里さんの彼氏見て、へこんでしまったのかな?ねぇ?」
「聡は、彼氏じゃないから!頼み事があっただけで、関係ない!」
私は、すぐに電話をかける。
「出てよ、出てよ!」
電話のコールはなるのに、出てくれない。
そのうち、コールもしなくなった。電源を切られてしまったようだ。
メッセージを送っても返事がない。電話も繋がらない。
なすすべ無くして、途方にくれる。
「いいわけくらい、させてよ……裕のバカ……」
私は、パントリーで泣き崩れる。
「朱里ちゃん?」
「……課長」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
涙を拭って立ち上がる。貧血なのかフラッとして、湯島に倒れかかってしまった。
「朱里ちゃんも調子悪いみたいだね……今日は、もう家に帰って休みなさい。大きなプロジェクトも終わったんだ。今は、体を労わってやるといい。今週丸々休んだって、有休は余ってるだろ?」
「はい。では、お言葉に甘えて……」
「一人で帰れるかい?」
「はい、大丈夫です」
私は部屋まで課長に付き添われ、そのまま早退した。
昨日、眠れていなかったのにも原因があるのかもしれない。
家に帰れば、裕も帰ってくるかもしれないと思い、ゆっくり重い足取りで家に帰るのだった。
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