幸せは温かい side朱里
ここ2、3日調子が悪い。
後2日で大事な日だと言うのに、私の体はどうしたことだろう。
それにしても、減らない仕事と終わらないプレゼンのレクに嫌気が指してきた。
「以上をお持ちまして、弊社からのご提案となります。ご検討いただき……」
「朱里ちゃん、大丈夫?」
同席していた課長の湯島に声をかけられたとき、その場にへたり込んだ。
「朱里ちゃん!」
「あっ!大丈夫です。ちょっと、貧血です……」
よろよろと立ち上がり、社長たち達へ挨拶をする。
このあと、3回目のチェックが入り、明日の社外プレゼンへと繋がる。
私がこのプレゼンを任されたひとつとして、元々働いていた大企業へあてつけみたいな要因があると湯島からは言われていた。
中規模の会社でも、大手の仕事が取れるんだという意味らしい。そんな社長たちの思惑はさておき、こんなに大きな仕事が出来るとは思ってもいなかったので、心配する湯島を差し置き、私はチームリーダ昇格を受けたのだ。
おかげで、忙しかったけど、充実した1年と10ヶ月を過ごすことができた。
楽しくて楽しくて、時間というものを忘れていたくらいだ。
裕があらわれるまでは……
彼の存在は、私の暮らしに潤いを与えた。なんたって、出会った初日に告白してくるような人だ。
最初は……軽いなと倦厭してたけど、一緒に仕事をするようになり、同僚以上にサポートしてくれたことに感謝しかない。
今では、将来を約束までしているのだ。人間の縁って不思議なものだなと、笑ってしまう。
◇・◇・◇
プレゼン当日の朝。
裕がくれたのは、何の変哲もないハンカチだった。
「あの……これ、ゲン担ぎなんですけど、どうしてもうまくいきたい日にこれ持っているとですね?」
「うまくいくの?」
はい!と返事をくれたので、私はそのハンカチを借りることにした。
男性物で色はシックなものだ。正直私が使っていたら……目立つだろう。
だから、自分のハンカチを持ちつつ、ジャケットにこっそり忍ばせる。
「うまくいくおまじない!」
出ていきかけている裕に抱きつきキスをする。
これで、うまく話せそうだ!
突然のことで呆然としている裕をほら!と言って会社に送り出す。
私も鞄を持って、玄関を出たのであった。
◇・◇・◇
「ただいまぁー!」
「おかえり、朱里」
「疲れたよぉ!ゆたかぁ!」
私は、玄関を開けた瞬間、どっと疲れが出て崩れるように玄関に座り込んでしまった。重い資料のせいもあったが、ここ数日の体調不良も手伝っているだろう。そのまま、廊下へペタンと寝そべってしまう。
「おつかれさま、ご飯食べる?」
「食べたいけど……もぅくたくたでお箸も持てない!」
そんな私を見かねて、裕が抱きおこしてくれる。
抱きつけば、ソファに座らせてくれるが、どうも今日は体に力が入らない。
そのまま、ソファにぺしょんと倒れこんだ。
「温めるから、待ってて」
「わかった……」
今日は、プレゼンもうまくいった。裕様様で、なんと、大手企業を蹴散らし、私が契約をとることができた。
後は、これを実働部隊に引継ぎをすれば、私の仕事は終わる。
といっても、一緒に計画をたてたり、プレゼン資料を作ったり、試算するときにも実働部隊の社員もいたので、契約書をそちらに渡すだけで、ほぼ引継ぎが終わるだが、解放された喜びもあって、鼻歌を歌う。
もちろん、それは、オルゴールと同じ曲だ。
「そんなに見たって何にもないぞ?」
「何にもないの?」
「疲れてるんだろ?」
「疲れてる……でも、ハグぐらいならできる!」
「そのまま寝落ちだろ?」
裕がキッチンで夕飯の用意をしてくれ、私は気だるげにソファでゴロゴロしながら、返事をする。
もし、一人暮らしなら……そのまま廊下で寝ていただろう。
私は、意外とずぼらなのだ。誰かのいる家に帰るっていいなと思うと自然と笑みが零れる。
「温めたよ。ほら、座って。スーツ脱がすから!」
「裕のエッチ!」
「あぁ、はいはい、もう見慣れてるから大丈夫。それより、しわになるから早く脱いで」
「やだ……脱がせて……本当にだるくて……もぅ動けない!」
今日は本当にもう体がいうことをきかなかった。
お願いっていうか、甘えてみると意外と世話焼きの裕は聞いてくれたので、子どものように駄々をこねてみる。
「わぁー脱がすの上手だね!」
「朱里さんの服は、普段から脱がせてますから……」
スーツだけ脱がせて、おしまいとしていた裕にこれもというふうに胸を張ってブラウスもってすると、本当に全部脱がせてくれた。
締め付けがなくなり、体が楽だ。そのまま、ソファにまたコロンと転がる。
「朱里、風邪ひくよ?」
「じゃあ、温めて!」
「どうやって?」
「抱っこして」
「そんで?」
「ご飯食べさせて!」
「それから?」
「お風呂に入れて」
「んで?」
「ベッドに運んで……」
「あとは?」
「寝る!」
気力もつき体力もつき、これが精魂尽きるということか……と思いながら、裕の反応をみていると、諦めたのか呆れたのか私を起こし、後ろから抱きかかえてくれる。
お箸を持ち、私の口へ夕飯を運んでくれた。もう、赤ちゃんにでもなったかのような気持ちだが、後ろから、口に運んでくれるとき耳元であーんと裕の声が聞こえてくるのが心地よかった。
「ほぃひぃねぇ?」
「それはよかった。しっかり食え!」
「ふん……」
口だけは動くし、お腹もすいていたようで、口に運んでもらえれば何でも食べれた。
「もし、朱里が介護を必要になっても、僕面倒みれるね?」
「私の方がおばさんだから、もうそんな心配してくれるの?」
食べ終わってホッとしていると、後ろにいる裕が首元にキスをしてくる。
くすぐったくて身をよじると、お腹の前にあった腕が逃がしてくれなさそうだった。
たぶん、逃げたとしても、今日の私はソファから落ちるだけだなと苦笑いだ。
「裕も甘える感じ?」
「僕が甘えたら、誰も面倒見てくれないだろ?」
「それもそうね……今日は、私が甘える日にしよ!」
「もう十分甘えていると思うけど?」
「まだ、お風呂に入ってないもん!」
「お風呂って……僕が洗うの?」
「他に誰がいるの?」
当たり前のようにいうと、今度は抱きかかえお風呂に入れてくれる。
どうせ洗ってもらうのだから、服も濡れるだろう。
「一緒に入れば?」
初めてそんなことを口走ってしまったが、もう、体も洗ってもらう予定なので、一緒に入った方が、効率がいい。たぶん。
濡れても、裸なら着替えなくてもいいしなんて思って言った。
湯船につけられるととても気持ちいい。お湯が疲れた体に染みわたるようだ。お湯の中なら体が軽いので、ちょっと浮かして裕を背もたれにする。
「どこ触ってんのよ!」
むにゅっと触ってきたので、思わず言ってしまったが、……そこ、今洗ったところです。と言われ、そうでしたと苦笑いした。
お風呂からでても、着せ替え人形のようにただ着替えを手伝ってくれ、髪まで乾かしてもらい、ベッドへとお姫様抱っこをして連れて行ってくれた。
今日は、甘々な日だなと思って、ベッドに横たわった瞬間、眠りについてしまったようだ。
無意識の中、体温が少しだけ上がる。
抱きしめられたんだと思うとホッと安心して、更に深い眠りにつくのであった。
◇・◇・◇
目が覚めると、いい匂いがする。
現金なもので、その匂いを嗅いだだけでお腹がぐぅとなっている。
良く寝たのだろう。
昨日のだるさは無くなり、多少なり疲れもとれたように思う。
キッチンにいる裕を盗み見ているが、何かをじっと見つめていた。
「よくプロポーズ受けてくれたな。明らかに朱里の方がイロイロ上なんだけど……」
「何が上って?」
フライパンで目玉焼きを作っていて私の接近に気が付かなかったようだ。
後ろから抱きつくとお腹の前で交差された腕をポンポンと軽く叩いた。
「いや、なんでもないよ。おはよう!」
「おはよう……なんか、気になるんだけど……」
「なんでもないって。それよりさ、海外旅行とか行かない?有休、結構残っているんでしょ?」
「うん、あるけど……二人で休んだら、あやしくない?」
「いいじゃん!もう公になっても、離すつもりはないから」
「そんなのわかんないよ?やっぱり若い子がいい!ってなるかもしれないでしょ?」
「なりませんって。プロポーズもしたし、ほら指輪も光ってる。なんなら、今から確かめますか?」
前に回っといでとひっぱられたので、抱きつくと裕も抱きしめてくれる。ほっと温かい腕の中にいると落ち着いて気持ちがいい。
いいよと返事をすると同時にお腹もなる。私の腹め……と思うも、お腹がなりっぱなしでは雰囲気もあったもんじゃないなと思い、腹ごしらえからすることにした。
「でも、ご飯食べてからね。お腹すきすぎちゃったよ!」
「はいはい、お待たせしました」
裕が作るごはんは……何故か美味しい。
なので、ニンマリしながら、箸で目玉焼きを切り分けていく。
「裕が作るご飯はおいしいね……毎日ありがとう」
「朱里も毎晩作ってくれるじゃん!」
「簡単なものだけね!」
「うまいよ!とっても」
「食べた後は、仲良くしようね!今日も明日も休みだから!」
今日はどこかに行きたい気分でもなく、まったりベッドの過ごしたいそんな休日だ。一人なら、きっとごはんも食べずにゴロゴロしていただろうけど、今は裕が私のごはんのお世話を焼いてくれるだろう。
淡い期待も込めつつ、今日は一日くっついていようと思っているところだ。
「次の休みに旅行の計画しよ!パンフレットもらってくるよ!」
「僕、パスポートないから、作らないと……朱里はあるの?」
「私もない!海外行く暇もなく働いてたからね……一緒に取りに行こう!確か戸籍とかいるよね?裕の分、取り寄せておいてくれる?」
「わかった。朱里も準備しといて」
コロコロ転がりながら、海外か、どこがいいだろう?と考えていた。
新婚旅行も行くことを考えると……その下見に行く!っていうのもひとつの手だなとか考えていた。
「朱里って妹っぽい」
「妹?私の方が年上なのに?」
「年上っていうけど、たまに幼い感じがするんだよね?」
「そうなの?私一人っ子だから?裕は妹がいるんだっけ?」
「そうそう、生意気な妹がいる」
「えぇーいいな……妹」
「僕は一人っ子がいい!」
「そんなことないよ!兄妹って羨ましい。でも、私、この世界のどこかに弟か妹がいるような気がするんだよね!」
「なんで?」
「私、生まれた瞬間に母親に捨てられちゃったから……ずっと、お父さんと二人きりだったの。生んだ人が再婚してたら、その可能性もあるでしょ?」
いきなり妹ぽいなんて言ってくるから驚いた。一人っ子でそんなこと言われたことなかったから……でも、確かに世話を焼いてくれるお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな?と裕を見て思う。
でも、どちらかと言えば……何でも教えてあげたい弟なんだよね。
「もし、いたらどうするの?」
「どうもしないよ?だって、血は繋がっていてもやっぱり他人だからね。家族って感じがしない」
「そんなもん?」
「そんなもん。私、母親の顔すら知らないのに……いきなり弟です妹ですって言われたら怖くない?」
裕がたしかにと言っているのを聞いて、もし、弟がいるのなら……こんな優しい弟がいいなとか、妹なら……なんて考えてしまう。
でも、現実に私は、弟も妹もいらない。父がいて、隣に裕がいてくれたら……十分幸せなのだから……
「朱里」
「ん?」
「もう、体は大丈夫なの?」
「あぁ、酷かったよね……本当にダルくて。今は、もう大丈夫だよ!あっ!でも、今日は、おしまいね!」
手が伸びてきたことを感じ、ストップする。さすがに、ちょっと疲れたので今日はこのままのんびり過ごしたい。体を寄せて体温を感じるとホコホコとして、そのまま眠ってしまった。
休日は、あっという間に過ぎてしまう……目が覚めて夜だったとき、残念な気持ちになったのである。
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