マーメードドレス side朱里

 私たちは次の日、早速、結婚式場へ行くことにした。

 急だったことと、予約もしていなかったので、外から雰囲気だけでも味わえるかなと向かったのである。

 今日は休みなので、もちろん誰かの結婚式はやっていた。


 遠目に二人で眺めていると、式場の人に声をかけられて驚いた。



「あの……こちらに何か?」

「えっと……」

「結婚式場の見学を申し込む前に雰囲気だけでもと思って……覗いていました」

「そうでしたか、あちらの新婚さんとご関係がないのでしたら……覗くのは御遠慮いただければと。あと、見学のご予約はないのですよね?」

「はい、すみません……」



 式場の人は、すみませんと謝る私たちに笑いかけ、こちらにと式場の中に案内をしてくれた。



「今日は結婚式が何件かあるのですが、たまたま撮影もあるので、結婚式場の雰囲気を見られたいのであれば、よかったら撮影の方を見ていってください!」



 案内されたところは、新作ドレスとこの結婚式場の案内パンフレットの撮影のようだ。教会の隅のゲストが座るところへ二人並んで腰かける。

 いつもは、花嫁を見ているのあまり気にしていなかったので、今日は会場のあたりを見回す。



「ねぇ、裕、ステンドグラスが素敵だね!」

「光が入ってきてるんだな……朱里がドレスで歩くとこ想像すると泣けてきそう」

「大げさね!父親じゃなくて、そのときは、裕が新郎なんだから、泣いてちゃ困るわ!」



 私たちは教会の隅の方で、撮影が始まるのを待っている。

 何かトラブルでもあったのか、撮影のスタッフがバタバタと慌て始めた。



「どうしたんだろうね?」

「なんか、あったのかな?」



 こちらには聞こえてこないが、何か慌てているのがわかる。そんな撮影部隊を私も裕もぼんやり見ていた。

 カメラマンらしき人と目があってしまったとき、事態は変な方向へと転がっていく。



「あなたたちは、見学者?」

「えっ……はい、そうですけど……?」

「メイク!ちょっとこっち来て!」



 メイクさんを呼ぶカメラマンを私たち二人は見つめている。そして、私の顔や体を見ながら何事かを言い合い始めた。終わるのをじっと待っていると、急にこちらに向き直り、まさかの展開になる。



「今日、撮影だったんだけど……モデルが遠くからくるとかなんとかいってて、間に合わなかったんだ。たのんます!助けると思って、どうか、代わりに撮影に入ってください!」

「えぇー無理です、無理です。私たちにそんな……」



 裕をチラッと見ると、何食わぬ顔で口角をあげている。何か企んでいるのだろうか?断る私を見ようとしない。それどころか、前へ身を乗り出しそうな勢いだ。



「朱里を……朱里のウエディングドレス姿が見れますか?きちんとセットされた形で!」

「えぇ、撮影ですからもちろんです!それに、彼女だけでなく、どうせなら本物の恋人同士で撮影しましょう!費用は全てこちら持ちなので、存分に楽しんでもらえたらいいです!すみません、こちらに用意された時間があまりないもので、無理を承知で……」

「朱里」



 名前を呼ばれたとき、嫌な予感がした。顔も笑っている。もう、絶対言い出すに決まっているけど、私はとぼけてみた。



「ん?」

「カメラマンさんも困ってることだし、やろう!モデル」

「えっ!裕?」

「僕、朱里のドレス姿、早く見たいし!プロのカメラマンさんに取ってもらえるなら、満足な写真撮ってもらえるし、いうことないじゃん!」

「急すぎるよ!」

「彼女さん、すまねぇ……どうか、助けてください。もちろん、二人の結婚式のときには、必ず責任もってタダで撮影させていただきますので!」

「お客様、うちからもお願いします!お値引きも今日予定の新作ドレスも優先的にお貸しさせていただきますので!」



 必死の形相でカメラマンに式場のプランナーにと頼まれれば、もう後には引けない。私は三人に頼まれれば、頷くしかなかった。

 ただほど怖いものはないのに……私からは、ため息しか出ない。



 ◇・◇・◇



 メイクルームに連れていかれ、部屋に入ると純白のドレスが2つハンガーにかかっている。

 一般的なAラインドレスと着る人を選ぶであろうマーメードドレス。



「これ、着るのは、片方だけですよね……?」

「いえ、今日は両方ともお願いしたいです!」



 鼻息荒くメイクさんは私にまずAラインのドレスを着せていく。

 下着も全てドレス用のものに着替え、ドレスを着ると思わず、ふぁあと声が出てしまう。



「素敵ですね!私、これすごく好きです!」

「とてもよくお似合いですね!モデル用にサイズを合わせていましたが、むしろぴったりですね!じゃあ、気合入れてメイクもするので!」



 目つきの変わったメイクさんに言われるがまま、任せておいた。

 いつもより少し濃い目のメイクにドキドキしてしまったけど、写真にとるときは濃いぐらいじゃないと映えないらしい。

 アイラインを引くのでと目を閉じ、いいですよと声がかかって、鏡を見れば、私ではないんじゃないかというくらい綺麗に仕上がっていた。


 きっと、裕が喜ぶわね!


 口には出さないでいたが、メイクさんにとても幸せそうなので、今日の撮影にぴったりです!と褒められた。



「裕!」



 ウエディングドレスを着てメイクも終わり、完ぺきな花嫁衣装を身にまとった私は、いち早く見せたくて、裕を呼ぶ。

 すると、本人だけじゃなく、みなが振り返ってしまい、更にカメラまで向けられてしまった。

 急に恥ずかしくなり、小さくなる。笑いながら裕が迎えに来てくれて、バージンロードの真ん中まで連れてきた。

 すでに打ち合わせが終わっているらしく、まずは、ここで写真を撮るらしい。



「二人さん、腕を組んで祭壇に向かってゆっくりゆっくり歩いて行ってくれる?」

「わかりました!」



 みなに見られる恥ずかしさで頬を染めながら歩く私に裕がボソッと耳元で囁く。



「綺麗だね。とっても綺麗だ!」



 言われ慣れているとは言っても、これはこれでとても恥ずかしい。

 耳元へ囁いてきたので、私も囁き返す。



「かっこいいよ!いつも以上に!」



 そんな些細な姿まで写真にどんどん収まっていく。カメラを意識すると恥ずかしさでどうにかなりそうであった。

 もう、写真に撮られていることを考えず、自分たちの結婚式だと思い込み楽しむことだけを考えた。



「今度は結婚指輪の交換を撮りたい!すまないが、指輪ってしてるのか。それ、いいかい?」

「えぇ、構いませんけど……」

「リングピロー用意して!本当の結婚式みたいにするんだ!」



 私は指から指輪を外し、リングピローへと差し込む。隣で裕も同じようにしていた。

 リングピローに収まっている指輪までも写真に撮っている。



「いつもらったんですか?」



 側で待機しているメイクさんに聞かれ、私たちは目を合わせ微笑む。



「昨日、プロポーズされたんです。デザインリングなんですけど、その指輪が結婚指輪になるんですよ!」

「まぁ、素敵ですね!それで、式場に?今日、足を運んでもらって本当に良かった!幸せそうな二人の写真が撮れるってすごいタイミングでしたから」



 次の指示でリングピローから指輪を取り出し私の左薬指に裕が指輪を嵌めてくれる。

 昨日、嵌めてくれたばかりの指輪をまさか翌日にウエディングドレスを着た状態で嵌めてもらえるとは夢にも思わなかった。



「幸せそうですね!本当の結婚式みたいだ!」

「新婦さん、こっちに笑顔ください!新郎さんは彼女を支える感じで!いいね、いいねぇ!」



 言われるがまま、私たちの撮影は続いて行く。



「はぁーい!次、衣装かえて中庭ですよ!」



 私はメイクさんに連れられ、控室に帰ると、今度はマーメードの方のウエディングドレスに着替える。



「うーん、やっぱり人選びますね……私は、ちょっと……」

「そんなことないですよ!スタイルももちろんいいですし、背も高いので、とてもお似合いです!髪型も少し替えますね!」



 先程はベールを被っていたので髪を纏めていた。

 今度は、花冠をするらしく、真っ白な薔薇で髪を飾ってくれる。

 左側にハーフアップにしてくれ、キレイめのドレスと相反して可愛らしい髪型とメイクになった。



「こっちもいいですね!新婦さんって、素材がいいから、メイクものるし、ドレスも映えるし、実際、今回のモデルさんよりずっといいですよ!」

「そんなことないですよ!プロの方の方がいいに決まってます!」

「今回の企画は、ちょっと、合わなさそうなモデルさんでしたからね。それに新郎さんもかっこいいから、今回のモデルにぴったりですね!」

「そうですか……?それなら良かったです!」



 慣れない社交辞令ともとれる褒めを一心に浴びて照れる。かなり、照れる。

 そこに、ドアをノックする音がした。



「朱里?いいかな?」

「いいですか?」

「いいですよ!ちょっと、出てくるので、しばらくここ使ってください!」



 メイクさんは出ていき、代わりに裕が控室に入ってくる。



「さっきのは、かわいい感じだったけど……キレイ系でいつもの朱里さんって感じ!」

「そう?マーメードドレスは、やっぱり人を選ぶと思うのよね……お腹周り大丈夫そう?」

「朱里のお腹なんて出てないから大丈夫。それより……いい匂いがする」



 くんくんと匂いを嗅がれ、ワンコだ……と思って微笑んでいると、鏡越しに後ろから抱きついてきているのを見ていた。



「裕?」

「さっきのは、抱きつくにはふわふわしてたからさ?」



 ギュっと抱きしめ首筋にキスをしていく。

 どうも、裕はこのドレスが気に入ったようで、ご機嫌にキスをしてきたようだ。



「口紅剥がれるとまずいよね……?この短時間に何やってんだって話だし」

「そうね……」

「はぁ……何このエロいの!」

「えっ?」

「いや、なんていうか……朱里のラインがわかって、エロすぎる……本番は、このドレス、禁止だね!」

「何言ってるの?」



 私は訝しむ。



「何って……ねぇ、横向いて」

「横?」

「ん、で、鏡見て」



 ちょうど裕が後ろから抱きついているのだが、言われるがまま横をみて鏡を見る。すると、くっきり私の体のラインがわかった。



「胸でしょ?腰でしょ?お尻に……太もも……」



 裕はドレスの上から順番に撫でていく。

 そして、満足した顔である。私は耳元で囁かれ、撫でられていくことで顔が真っ赤になった。



「もぅ!スケベ!」

「いえ、それほどでもって思ったけど……撮影だと皆に見せるのか。それは……やだな。なしってなんないかな?せめて後ろ……ダメダメ」



 コンコンとノックされる。

 私にベッタリくっついていた裕は離れ、入出の許可をするためドアを開けに行く。



「あっ!メイクさん!」

「あの、申し訳ないんですけど……さっきのドレスにもう一度着替えてもらえますか?カメラマンが気に入ったらしくって……申し訳ないです!」



 私と裕は顔を合わせ、笑いあう。

 メイクさんは本当に申し訳なさそうだったが、あまり着たくない私と、他の男性に見せたくない裕は頷きあって快諾する。



「えぇ、いいですよ!」



 裕に指摘され、正直凄く恥ずかしくなってしまったので、着替えられるなら喜んで!と進んで着替えようとする。



「あっ!待って!写真写真!」



 裕が持っていたスマホで、写真を撮りまくる。

 控室に響くカシャカシャという音に余計恥ずかしさが増してきて、全身真っ赤だった。



「早く出てって!」



 そう言って裕を追い出したのであった。



 ◇・◇・◇



 撮影も無事に終わり、データをもらった私たち。

 せっかくだから、写真を作りに行こうという話になり、写真屋へと向かう。



「うーん、どれがいい?」

「これとこれと、これもこれとあぁーこれもいい!これ、引き伸ばしね!帰りに写真立ても買わないとね!」



 興奮気味に裕は写真屋でデータから写真を選んでいるが、それほどいらないだろう。



「写真立てにいれるなら……この写真かな?」

「あぁー雰囲気あるね!でも、明るい方が朱里の美しさを見れるから、こっちを引き伸ばそう!こっちは、写真にして……」

「裕、写真にしすぎ……」

「そうかな?いいじゃん!どれもこれも綺麗なんだし!」



 30枚の写真と1枚引き伸ばした写真をお願いして、写真立てを買いに行く。

 いろいろと見て回って、結婚式用の飾りのある写真立てがあったので、少しだけ値はしたがそれにした。


 出来立ての写真を持って帰る。買ってきた写真立ては、2L版の写真が入るらしく、家に帰ってからリビングの棚に置いてみた。



「いいね!朱里のウエディングドレス!」

「もぅ、何回も言わなくていい!」

「でもね、こっちもあるんだ!」



 そういってスマホの写真アプリを開くと、没になったマーメードドレス着た私がそこに収まっている。



「ダメ!それは、もう消して!」

「やだよ!」



 そういってじゃれ合っていると、消したら……なくなるじゃんとポツンと悲しそうにいうので仕方ない!1枚だけなら許す!と許可を出す。

 でも、結局けしてないだろうことはなんとなくわかっていたし、裕が好きにすればいいと思ったので、それ以上は何も言わないでおいた。



「今日は疲れたね……」

「まぁ、色んな人に見られて写真撮られてだったからね。いい記念にはなったけど!」



 ソファに並んで座り、写真立ての中に収まっている幸せそうな私達を見て微笑む。



「早く結婚式したいね?」

「そうだね……その前に朱里は大きな案件片付けないとだろ?」

「そう、それさえ終われば、もっと仕事もゆっくりできるから、もっと一緒にいられる。嬉しい?」

「嬉しい。そしたら、僕が今度忙しくなったりして……忙しくなっても、朱里との時間は最優先で作るからね!」

「嬉しいけど……ちゃんと、働いてくれないと、私の評価に響く……」

「そうでした。僕、朱里さんの部下でした」

「忘れないでね?」



 久しぶりにゆっくりした休みは、終始、裕との時間を楽しめた。

 明日からまた、戦場に戻るのかと思うと、残念なんだけど、結婚式という目標ができたのでがんばれそうだなと微笑むのであった。

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