第22話 最終階層 その2

 サイド:セオ


 凍てつく平原、とても寒い。


 ――そろそろ上半身裸のスタイルもどうかな……と本気で思う。



 まあ、俺の場合は絶対零度くらいであれば、気合で何とか……寒い程度で済むんだが……。


 で、戦乙女(ヴァルキリー)だ。


 俺の眼前には、氷の中で――恐ろしく美形な少女が眠っている。


「これは……?」


 俺が呟くと同時、少女が目を開いた。


「起きた……だと?」


「私は戦乙女(ヴァルキリー)。力ある者よ。よくぞここまで辿り着きました。貴方の望みは何でしょうか?」


 微笑を浮かべる戦乙女(ヴァルキリー)に対し、俺は小さく頷き、そして断言した。



「俺の求めるモノはただ一つ。強者のみだ」



「強者……ですか?」


 既に、ここにはびこる魔神とやらがロクでもないことは分かっている。

 一番マシな者でも、せいぜいが俺に柱の角に頭をぶつけた程度の痛みを負わせる程度だ。


 次が最終階層で、まだ先があるといえ、もうこの迷宮には期待できないだろう。


「……魔神がいるではありませんか」


「アレは違う。アレじゃあダメだ」


 そこで戦乙女(ヴァルキリー)は不思議そうに首を傾げた。


「人間ではアレ等には勝てませんが……? それとも、神以外と闘いたいということでしょうか」


 そうして戦乙女(ヴァルキリー)の氷に亀裂が走った。

 バリンパリンと氷が粉砕され、彼女は氷雪の大地に降り立った。


 だがしかし、その手足には見えない手枷足枷がハメられていることが――俺には分かる。


「……その枷は?」


 そこで戦乙女(ヴァルキリー)は儚く笑った。


「なるほど……強者を求める理由が少し分かりました。この枷の存在を認知できるとは……魔人程度では相手にならないはず。まあ、私は罪人なのですよ」


「ああ、魔人とかいう奴は本当に期待外れだったな」


「とはいえ、魔神相手では貴方でもどうにもならないでしょうがね。しかし、魔神以外の強者を求めるとは……本当に変なこだわりのある人ですね。まあ、分からなくもありません。人は手が届きそうだから手を伸ばすものです。魔神の領域ではさすがに目標が高すぎて……到底手は届きませんものね」


 ん? と俺は小首を傾げるが、まあそれはどうでも良い。


 ともかく――と、俺は戦乙女(ヴァルキリー)に歩み寄り、見えない手枷を掴んだ。


「フンっ!」


 要は、霊体に作用するタイプの呪殺系の弱体術式だ。

 つまりは、筋力で無理やりに引きちぎることは容易い。


 手枷を粉砕した俺は次に、俺は足枷を掴んだ。


「フンっ!」


 そうして足枷を破壊する。

 そのサマを見ていた戦乙女は絶句した。


「ば、ば、ば……馬鹿……なっ! 神々の収監の術式を……腕力で破壊ですって……っ?」


「少し……失望したな」


 狼狽する戦乙女(ヴァルキリー)を見て、俺は深くため息をついた。


「失望?」


「ああ、貴様からは……俺に匹敵する強者の臭いがするのだ。しかし、この程度で驚くのであれば、俺の勘違いだったのかもしれん」


 と、そこで俺は重心を低くし、腰の重心をゆっくりと落とした。


「――それでは立ち会おうか」


 戦乙女は腰から剣を引き抜き、小さく頷いた。


「ともかく、貴方は上位の魔神に匹敵しうる化け物ということですね」


 そして――。


 戦乙女は俺に向けて突進してきた。


「やはり……その程度か」


 まるで止まって見えるような速度。

 手枷と足枷を外し、全力を出せるようにしたが……これでは中位の魔神程度の力しかないことは明白だ。


 戦乙女の上段振り下ろしを避け、そのままカウンターで右ストレートで心臓を打ち抜いて終了……あまりもつまらぬ勝負だ。


 と、そこでトクンと俺の心臓が波打った。



 ――戦乙女が、攻撃の最中に剣を捨てたのだ。



 俺が呆気に取られている瞬間――彼女の歩行法が変わった。


 それは虚と実を入り乱れ、魔法力による幻影すらも利用した……まるで幻想(イリュージョン)とでもいうべきようなもの。


 手品師まがいの歩行法により、俺には戦乙女の姿が10体にも20体にも見えた。


「これは……この動きは……同じだ……やはりアイツと同じ香りがする」


 その時点で俺は勝負を捨て、確かめるように――けれど、そこまで手は抜かずに右ストレートを繰り出した。


 次の瞬間、気が付けば俺は地面に仰向けに這いつくばっていた。



「ははっ! はははっ! なるほどな……これは合気……だな?」



 戦乙女は俺の言葉には答えずに、足を高々と振り上げて俺の顔面を踏みつぶそうとしてきた。

 だが……。


「裏は取れた。遊びはここまでだ」


 戦乙女の足を掴んで、俺はそのまま立ち上がる。

 今度は戦乙女が仰向けに転がり、俺が馬乗りになる形となる。

 そうして俺が拳を振り上げたところで――


「……私の負けです」


 諦めた表情で戦乙女はそう言った。

 奇襲に次ぐ奇襲。まさに弱者の戦法で、隠していた力を一気に開放して合気で仕留める。

 それが叶わなかった限りは、ある意味ではいさぎ良い決断だと言えるだろう。


「見事だ」


「見事?」


「清々しいほどに潔い。これぞ武人の理想の姿。見事な覚悟。そして――美事な技だった」


「合気の……ことですか?」


「ああ。ここの連中は生まれながらの力に任せた輩が多くてな。暴力を扱う輩はいても、武を扱う者は皆無だった。たった一人を除いてな」


「私は戦乙女(ヴァルキリー)。半身半神……神でありながら人でもあります。既に完成された神とは違い、私は……教えを請い、努力すれば技術を身に着け成長することができる。それと……たった一人とは?」


「菩薩だよ」


 その言葉で戦乙女は「あっ」と息を呑んだ。


「あの状態のあの方に会ったのですか? それで貴方が生きているということは……」


「ああ、死合いを制したのは俺だ」


 そうして俺は馬乗りを解除して、そのまま立ち上がった。


 続けて、戦乙女も立ち上がる。


「あの方は……息を引き取られたのでしょうね」


「ああ」


「最後は……彼は満足して逝けたのでしょうか?」


「だとすれば、俺は嬉しいな。あの瞬間――菩薩と俺は確かに通じ合えた。同じ道を歩く強敵(とも)として……な。少なくとも俺はそう思っているし、菩薩もそうであって欲しい」


「……あの方は最後の最後に望みをかなえたのですね。良かった……」


 そうして俺は真摯な眼差しで戦乙女に視線を送る。


「聞かせてもらいたい」


「……何をでしょうか?」


「稀代の武術家である菩薩が、何故に正気を失ったのか」


 いや……と俺は首を左右に振った。


「正気を失えば本来の力は半分も出せぬ。何故に奴と……俺との死合いのが汚されることになったのだ?」

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