第21話 最終階層 その1

 既に自らの名すらも忘れた二人の冒険者が雪原に立っていた。

 と、いうのも彼らは迷宮に堕ちて後、不老の術を自らに施したのだ。


 あまりにも馬鹿げた力量を誇る魔神や魔人に、人の身のままで対峙することを不可能だと彼らは判断し、修練によって自らも人間を辞める……そういう選択を彼らは選んだ。


 そうして、自らを鍛えること――幾万年。


 彼らもまた、人間という種族の限界を超えることに成功する。


 魔人を超える力を身に着けた彼らだったが、それでも魔神にはかなわなかった。

 けれど、地力を桁違いに上げているおかげで、彼らはどうにか魔神とのゲームを制すことに成功し、遂に迷宮最深部近くまで辿り着いたのだ。




 そして――。


 雪原に立つ彼らの眼前には、人の背丈の3倍ほどの氷柱が鎮座していた。

 氷柱の半径は2メートル程度。

 水晶のように澄んだ氷の中には、10代半ばを少し過ぎた年頃の少女が瞼を閉じている。

 少女は甲冑を身に纏い、銀の髪に純白の翼が良く似合っていた。


 美術館に飾られる彫刻のような、ある種の幻想的な美しさに呆気にとられ、二人の男は息を呑む。

 

「氷の中に……女神?」


「いや、良く見ろ。これは……戦乙女(ヴァルキリー)だ」


 男の一人は氷柱に眠る少女をマジマジと眺める。


「なるほど。これは確かに戦乙女だな」


「と、なるとこれは封神なのか? 戦乙女もまた……魔神の一種だろうに?」


「分からんが……少なくとも、今の戦乙女からは以前に相対した際の力はない」


「ああ、氷の中から感じる気配からして、せいぜいが魔人レベルだな」


「どうする?」


「どうするもこうするもない。次の階層へ至る為には魔神とゲームをしなければならんのだからな」


 と、その時――氷の中の少女が目を見開いた。


「……この階層ではゲームは設定されていません」


「どういうことだ?」


「貴方たちには今まで何度か魔神より誘いがありましたよね? そして、既に貴方達はラグナロク……神々の戦場にて人間の勇者として活躍する道を放棄しています」


「戦乙女……戦場を渡り、強者の魂を導いて神々の尖兵に誘う神だったか?」


「私は半神半人……つまりは、半分は人ですけれどね」


「ともかく、貴様らの話などまともに聞けるわけがない。今までの所業を忘れたとは言わせんぞ? しかも戦地は地獄(ニブルヘイム)……黄泉の国であると言うではないか」


「ええ、そのとおり」


「要は殺されるということだろう? 貴様らの言うことを聞いて……ロクなことなどありはしない」


「これ以上はスカウトはしませんよ。3つ前の階層で、私の思念体が貴方たちに問いかけた際の拒否の返事で、最終の意思確認は終了しております」


「ああ、あと少しで最終階層だ。俺たちはお前らにこれ以上弄ばれる道は選ばない。自力での開放を望んでいるんだ」


「それでは、次の階層にお向かいなさいな。ゲートの位置は東の果てです」


「……待て。次の階層へ至るゲートが……最初からあるだと? 魔神と対決せずに素通り……それでは何故に貴様はここにいる?」


 そこで少女はやるせない表情を見せた。


「まあ、気づきますよね」


「洞察力がここでは生き残る術だからな。それで……どういうことだ?」


「ここは氷結地獄(コキュートス)。私は罪人なのですよ。刑罰は幽閉及び、ここまで魔神の迷宮を踏破してきた強者の望みを可能な限りに叶えて……その労をねぎらうこととなります」


 そこで男たちの目つきが変わる。

 下卑た表情で舌なめずりしながら男は言った。


「それでは、お前を好きにしても良いということだな?」


「あァ……女を抱くなどいつぶりだろうか」


「ああ、それとな? お前も魔神の一種なんだよな?」


「厳密に言えば違いますが、神の一種ではありますね」


「俺等の望みを可能な限りに叶えてくれるんだよな?」


「それがコキュートスの刑罰となります」


「俺たちをこんな目にあわせてるんだ。拷問……生き地獄を見せられる覚悟くらいはあるんだろうな?」


「可能な限りに労をねぎらうことが私の仕事。私の体を使う場合は、死亡に至る方法以外のほぼ全ての望みは叶えることができますよ。お好きにしてくださいな」


 そうして、男たちは戦乙女に対して、考えられる限りの全ての悪逆を施した。




 ――そして100年後。


 セオ=ピアースが戦乙女の幽閉される、凍てつく雪原へとたどり着いた。


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