第20話 戦乙女と菩薩と最強 その3


「貴様はもっと……楽しそうなモンだ」


 セオがニヤリと笑うと、菩薩はセオに向けて猛速度で突進してきた。


「何というスピードだっ!」


 菩薩の右ストレートをセオがバックステップで避け、そして菩薩は更にセオに向けて踏み込んだ。


「グガ……っ! グガガガアガアアアアアアア――ッ!」 


 右ストレート、左フック、右ローキック……膝蹴りを鳩尾に被弾。


「フンっ!」


 セオは腹筋を膨張させ、内臓への打撃によるダメージを避ける。

 そのままセオは菩薩と首相撲の形になって――菩薩を地面へと叩きつけた。


 そうして、セオは再度バックステップで距離を取った。

 すぐに菩薩は起き上がり、セオに向けて威嚇の唸り声をあげる。


「――惜しいな。そうなる前であれば、あるいは俺たちは……」


「ア? オジ……オジイ……?」

 

 悲し気な様子でセオは小さく頷いた。


「スピードとパワー……あるいは俺に匹敵する領域ではある」


 だが、とセオは首を左右に振った。


「正気を失っていては……武術家は実力の半分も出せない。磨き上げた武とは、とどのつまりは理の追求。武術とは獣の技ではなく、叡智の結晶なのだ」


「グガ……っ! グガガガアガアアアアアアア――ッ!」 


 再度、菩薩はセオに向けて突進する。


「何があったかは分からぬが、かつての強者よ――貴様の力に敬意を表して一撃で終わらせよう」


 セオに向けて繰り出される右ストレート。


 それにセオはクロスカウンターで手刀を突きだした。


 手刀の向かう先は菩薩の心臓。


 ――ヌチュリ


 湿った音と共に、セオの手刀が菩薩の心臓を貫いた。


 ドサリと菩薩が崩れ落ち、セオが踵を返してその場を去ろうとしたその時――。


「お待ちください……っ!」


 振り向いたセオの視線の先には、胸から噴水のように血液を垂れ流す菩薩の姿があった。


「何?」


「……この死へと至る痛みで……最後に私は正気を取り戻せたようです」


 そこでセオは呆れるように笑った。


「心臓を貫いているのに生きているのか。本当に化け物だな」


「それはお互い様でしょうに」


 互いが互いの存在を待ち焦がれた強者であるということを正確に理解していた。


 例えるなら、それは待ち望んだ恋人同士の邂逅のような。


 けれど、残り時間は少ない。

 それはやはり、互いが互いに分かっていることだった。

 セオは立ち合いの前に菩薩に尋ねたいことがいくつもあった。


 どうして理性を失っていたのか。

 どうやってそこまで鍛え上げたのか。


 けれど、そんな時間が残されていないことはセオには十分すぎるほどに分かっている。


「ハっ!」


 先に動いたのはセオだった。

 そうしてセオの右ストレートを菩薩は流水の動きで受け流し、その力のベクトルを下方へと変換する。

 つまりは、セオの右ストレートの力に、菩薩の力も乗せて――背中から地面に叩きつける。 


「フンっ!」


 轟音と共に床にクレーターが形成され、その中心でセオはコホリと血が混じった息を吐いた。


「――合気か。見事だ……しばらく立てそうにない」


 そうして菩薩はニコリと笑って、カクンと膝を折って倒れた。


「合気を受けながらの反撃の左フック――お見事です。内臓のほとんどが破壊されてしまいました」


 互いに地面に突っ伏し、やはり互いにゴブファっと盛大に血を吐いた。


 そして二人は――笑った。


「ありがとうございます。武人として……人の手によって人のままに死ぬことができた」


「ああ、こちらこそありがとう。貴様は俺に全力の闘争というものを教えてくれた」


 そこで武神は儚げに笑った。


「恐らくは私と貴方は似たような悩みをもってここに訪れたのでしょう」


「ああ、最強であることの憂鬱だな」


「……すまないですね」


「ん?」


「……私だけが敗北を知ってしまって」


「それは最初の段階で貴様が理性を失っていたから……俺は運良く、傷ついた貴様から勝ちを拾えただけだ」


 菩薩は悲痛な表情で、首を左右に振った。


「私が万全の状態であれば殴り合いでは互角だったかもしれませんね。ですが今回……貴方は全力は出してはいなかった。貴方は魔法も扱える……違いますか?」


 セオは深くため息をついて、それでも微笑を浮かべながらこう言った。


「最後の合気を受けて、今……俺が動けないのは事実だ。強かったよ。お前は」


 そうして、菩薩は安らかな表情で微笑を浮かべた。


「冥途の土産にしますよ。人類最強を地面に叩きつけた……最初で最後の男になったってね……」





 そして数分後。

 満ち足りた表情で瞼を閉じる菩薩を見るに、セオは思うのであった。



 ――武人として俺は……本当にこのような表情ができるような……満ち足りた戦いをすることができるのだろうか……と。



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