第18話 戦乙女と菩薩と最強 その1

 かつて、この世界とは別の場所に菩薩と呼ばれた20代の男がいました。


 魔王と武神に育てられたという事で、彼は強くなりました。それはもうとても強くなりました。


 いえ――彼は強すぎました。


 勇者・剣聖・賢者――その誰もが闘わずして彼にひれ伏して負けを認めました。


 王も、皇帝も、聖帝すらも彼を恐れて居所から遠ざけようとしました。軍隊では勝てないことが分かっていたからです。


 そうして、世界の有力者たちは彼に戦わずにして負けを認めることになったのです。


 菩薩は修行の放浪の旅の最中、弱き人々を救い、数多の孤児院の建設に関わったと言われています。


 修行の際に彼の通った道は、後に聖者の道と呼ばれることになりました。


 人々からの賞賛を受け、いつの間にか菩薩は神と称えられるようになっていました。


 しかし、菩薩は孤独を感じていました。


 ――武とは敵を打倒す為に磨くもの。相手がいるからこそ張り合いがあるのだ……と。


 人一倍の才能と、人より何百倍の常軌を逸した修練の結果、彼は最強になりました。


 けれど、辿り着いた先には、少年時代にただひたすらに純粋無垢に強さに憧れた彼が望んだ景色はありませんでした。


 しかしながら、菩薩は思います。


 自らの歩んだ道の結果、いくばくかでも世界がマシになったのであれば、それはそれで良かったのではないか。


 自分に比する者と闘いたい。そんな自分のかなわぬ欲求などは……諦めてしまったほうが良い……と。


 と、そんなこんなで菩薩が20代の半ばを過ぎた頃、菩薩はとある噂を耳にします。



 ――生還率0%のダンジョン



 突如、神聖帝国の田園地帯に現れた謎の扉。

 一定の魔力量以上の人間にしか開けない扉の中には、異世界のダンジョンが広がっているといいます。

 これまで中に入っていった調査隊の数は実に1000名。その誰もが帰らずとなっています。

 

 そして、扉の前には張り紙がありました。



 ――この世界最強の強者を求む。既に10を超える世界に同様のゲートを設置したが、未だに魔神の運営する迷宮の踏破者おらず。



 半ば、隠遁生活として慈善事業を行っていた菩薩でしたが、その噂を聞いた瞬間――血が湧き、肉が躍りました。


「誰も比類することなき……私の武。魔神とやらであれば……ぶつけることができるのでしょうか? 半ば諦めかけていた私の渇望が……かなうというのでしょうか?」


 そうして、迷宮にもう一人の最強が降り立つことになりました。






 そして――。  


「ハハっ! ハハハっ! ようこそー! 奈落の迷宮へーっ!」


「あなたは何者でしょうか?」


「これは説明が遅れました。私は奈落の迷宮におけるゲームのルール説明役のピエロ君だよっ! この迷宮に入った以上は命を捨てたってことだよね? それって自殺だよね? なら、一度捨てられた命を僕たちがどう使おうと僕たちの勝手ということさ」


「ふむ。それでは手合わせ願いたいのですが」


「手合わせ?」


「私は――私よりも強い相手に会いに来たのです」


「……? ああ、たまにいるんだよね、そういうおバカな人間がさっ!」


 ピエロはトランプのカードを菩薩に投げつけます。


「……おや? ひょっとしてこれは攻撃のつもりでしょうか?」


 オリハルコン製のカードの全てを空中で叩き落とし、菩薩はニコリと微笑を浮かべます。


「ちょ、ちょ、調子に……人間風情が調子にのるなあああっ!」


 ピエロは菩薩に右ストレートを放ちます。


「なるほど。少しだけですが歯ごたえはありそうですね」


 言葉と同時にピエロはいつのまにか地面に叩きつけられていました。


「え? え? どういうこと?」


 殴りかかったと思えば地面に叩きつけられたのですからピエロもビックリです。


「私への攻撃は全て……力のベクトルを変換され、そのまま相手に返されます。人によっては物理反射と形容することもありますね」


「物理反射!?」


「正確には合気ですよ。武道を極めれば、それは未熟な者からすれば物理反射魔法のように見えるのでしょうね」


「ただの武道でボクが……そんな馬鹿なっ!」


「それでは貴方の力量は分かりました。次の階層へと通してください」


「ボクを殺さないのかい?」


 ニコリと再度、菩薩は微笑を浮かべました。


「武の道はあくまでも……己の鍛錬の道。不殺こそが私の信念です。それでは」



 ――そうして、魔神の迷宮にもう一つの異物が紛れ込むことになったのです。


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