第16話 魔神VS地上最強の男 ~たたいて・かぶって・ジャンケンポン!~ その1


 万魔の王。

 かつて大陸を恐怖のどん底に叩き落した魔王がいた。

 単騎にて、城をひとつ落とす力を持つと恐れられた魔王はその圧倒的な個人の力で人間を蹂躙した。

 


 歴代魔王の中で最も勢力圏を広めた彼の時代。

 人間の歴史書には暗黒時代と記されており、人類の7割の人口が減ったことは記憶に新しい。


 そして、当然ながら魔族の歴史書では黄金時代と記されている時代と同義になる。


 古今東西のあらゆる歴史の中で、最も強大な権力者である彼は享楽の限りを尽くし、この世の快楽の全てを知った。


 そして、ある日に彼は思った。



 ――つまらない……と。



 全ての権力が、全ての力が、ありとあらゆる全ての者が彼の言葉一つで思い通りになる。


 それが日常となると、この世の全てがつまらないものに見えた。



 ある時、つまらぬ日常を過ごす彼のもとに、彼のとある難関迷宮の情報が入った。



「まあ、これも戯れか。余を少しなりとも楽しませてくれれば一興ぞ」


 そうして、供を一人もつけずに――



 ――魔王が迷宮に降り立った。







 そして、ここは迷宮の中層となる。

 魔人ではなく、正真正銘の魔神が支配する領域だ。



「さて、挑戦者よ……ここにあるのは神器となる」


「ふむ。神器とな?」


 草原に立つ二人。

 片方は白髪の長髪、美しいと表現しても差し支えのないような20代前半の美丈夫――魔王である。

 もう片方は筋骨隆々の肉体に牛の頭を持つ、ミノタウロスとでもいう風な格好の男となる。


 二人の立つ右脇には、それぞれの台が用意されていた。

 そうして、その台にはそれぞれ3組の剣と盾が並べられている。


「まずはこれがイージスの盾とエクスカリバーだ」


 牛頭が指差す先には神々しく銀色に輝く剣と盾がある。


「ふむ……確かにこれは尋常ならざる剣よな」


「そしてこれが神器ではなく通常武器となるオリハルコンの剣と盾だ」


 再度、牛頭が指差した先には、やはり1対の剣と盾があった。


「オリハルコンをもってして通常武器……とな? 全く貴様らには恐れ入る」


「そして最後の一組の剣と盾は木の剣と盾だ」


「なるほど理解した。そうして貴様らは今度はどのようなくだらぬゲームをさせるつもりなのだ?」


「ルールは単純だ」


 そうして牛頭の男は相対する二人の真ん中に置かれたテーブルに顔を向けた。


「赤と青のカード……カードゲームか?」


「そのとおりだ。手にとって見るが良い」


 魔王がカードを手に取ると、赤のカードには3種類の剣、そして青のカードには3種類の盾が描かれていた。


「攻撃と防御側に分かれ、攻撃側が赤のカードを取る。そして防御側が青のカードだな」


「ふむ。それで?」


「狙いは頭。それぞれに描かれたカードのとおりに武器と防具を持って、攻撃と防御を行う」


「なるほど。確かに単純明快だ」


「説明は以上だ」


 そこで魔王は不審げに小首を傾げる。


「……本当にルールはそれだけなのか?」


「ああ、それだけだ」


「……エクスカリバーをオリハルコンの盾や木の盾では防げないと、そういう理解でいいのか?」


「まあ、技量があれば神器であるエクスカリバーをオリハルコンの盾で防ぐことは可能だろうがね」


「……なるほど。やはり、もともとの能力もある程度は作用するということだな」


「そのとおりだ」


 そうして、魔王はやはり不審げに小首を傾げる。


「しかし、おかしい……」


「おかしいとは何がだね?」


「いや、この疑問を貴様にぶつけるのも詮無きことよ。ここのゲームは知略とスキルを駆使すれば必ず勝てる道は用意されている故に……な」






 そして――初手。

 攻撃側となった魔王のオリハルコンの剣が、魔神のイージスの盾に防がれた。


「なるほど。さすがは神器だ。オリハルコンの剣では傷一つつかぬ」


「うむ。掛け値なしの神々の武具を用意したのでな」


「それでは2手目といこうか」


 二人はカードを手に取り、めくりあうと同時に動いた。


 魔王はイージスの盾、そして魔神は――


 ――木の剣


 イージスの盾を頭上に構え、魔王は高らかに笑った。


「木の剣ではイージスの盾の防御は貫けぬぞっ!?」


「どうかな?」


 ニヤリと笑った魔神は魔王の頭上から木の剣を思い切りに叩きつけた。



 ――ズギョションっ!



 けたたましい音と共に、木の剣は木っ端微塵に粉砕され――頭上に構えた盾ごとに魔王の頭蓋骨に対しての圧殺を仕掛けることになる。


 腕を巻き込んだ形で、盾が魔王の頭に迫る。


 ミシリ、と嫌な音と共に魔王の頭蓋骨が変形し、そして重度の脳挫傷と共に魔王はその場に倒れた。


「馬鹿……な……」


「ところで挑戦者よ? これは純粋な力勝負になると、そう気づいていたのに……何故に疑問を口にしなかった?」


「ゲーム……だから……だ。貴様らは……必ず勝てるように……道を……用意している……はず……」


 そこで魔神は嬉しそうに笑った。


「いつ……私がこれをゲームだと言った?」


「な……に……?」


「これは純粋な代わりばんこの殴り合いだよ?」


 その言葉で魔王は魔神をにらみ付ける。


「何という……外道の処置……よ……」


 そうして魔王の意識は脳内出血によって急速に暗転し――








「生きている……だと?」


 変わらぬ草原の景色の中、魔王は「はてな?」と首を傾げた。


「蘇生魔法だよ」


「余は負けたのだぞ? 何故に貴様は……?」


「だから言っただろう。これはゲームではないと」


「……?」


「ここまで来ることのできた稀有なる戦士を無様に散らせるのも……もったいない話だとは思わんか?」


「どういうことだ?」


「お前はあれだけの説明で全てに気づいた。そして元々の力も……魔族……大きな意味でのヒト種というくくりであれば上出来だ」


「だから、どういうことだと聞いている」


「大事なことなので後でちゃんと説明してやる。ともかく、貴様であれば、より強くなれる可能性を潜めていると、俺はそう確信した。それでは、ようこそ――ファミリアへ。貴様は……ここで死ぬには惜しい」

 

 そのまま魔神は魔王をゆっくりと抱きすくめたのだった。





 そして200年後。


 迷宮中層域に一人の男が踏み入った。



 ――言うまでもなく人類最強のセオ=ピアースである。


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