第15話 奈落の底のコロシアム その6
サイド:アベル
「ありがとうございましたっ!」
青い空に緑の平原。
街の門からの程近くで、僕と妹はセオさんに頭を下げていた。
「別にお前たちのためにやったことではない」
と、セオさんは肩をすくめながらため息をついた。
「でも、結果として僕たちは救われました」
「お前を死地に向かわせたのにか? 助けようと思えば俺はあの場で簡単に助けることはできたんだぞ?」
セオさんは意地悪く笑って、僕は首を左右に振った。
「でも、セオさんは本当にどうにもならない状況では来てくれた。違いますか?」
「俺は俺より強い奴に会いたかっただけだ。まあ、結果はハズレだったがな」
「それに――」と、セオさんは街を眺める。
「ここは牧場……人間の養殖場なのだろう? 興味深かったので色々と見て回ったが……魔人の管理の下に安定した牧場運営が行われていた」
「ええ。親のいない僕たちにも食料の供給は不自由なくおこなわれていました」
「これから大変だぞ? まあ、俺の知ったことではないがな」
セオさんの言うとおりに、この小さなコミュニティでは魔人という名の絶対暴力によって貧富の差も人間同士の上下の支配もない社会が実現していた。
暴力装置が無くなれば、そういう訳にはいかずに子供二人では生きにくくなるだろう。
闘技場の亜人たちの性格は乱暴だし、力も持っている。
ただの人間の、それも力無き子供がどういう扱いを受けるかは想像に難くない。
「教えてくれたじゃありませんか」
「どういうことだ?」
「弱者の闘い方を……ね。剣や拳で戦うことだけが戦いじゃない。生き残ることが勝利であれば泥水をすすってでも、僕は妹を守ってズル賢く僕なりの戦いをしますよ」
「フッ……まあ、お前が何を学ぼうと俺には関係のない話だ」
「ひょっとしてセオさんは今後のことまでを考えてああいう風にしたんじゃありませんか? すぐに助けに入れる場所にいたみたいですし、闘技場の王者にもしも僕が負けそうになったとしても……すぐに助けにくるつもりで……」
「そこまで俺は甘くない。弱者の理を扱うお前を見て少しだけ感傷的にはなったがな」
「……」
「……」
無言で僕たちは見つめあい、セオさんは小さく頷いた。
「まあ、モノのついでにあと少しだけお節介でアドバイスをしてやる。ただし、お節介はこれで最後だ」
「と、言うと?」
「俺はこの迷宮を潜る。強者を求め叩き潰し、一番強い奴がいるところまでな。恐らくは最終的には迷宮の管理者を一人一人殴り倒していくことになる」
「ええ、そうでしょうね」
「管理者が誰もいなくなれば迷宮内の人間は全員解放だ。それまで生きてれば……だがな」
「だから、生きろと?」
「そういうことだ」
しばし僕は考えて、そして純粋な疑問をセオさんに投げかけた。
「階層移動って魔人を倒すか、あるいはセオさんみたいに超魔法で空間を歪めるかしないと無理なんですよね?」
「そのとおりだな」
「管理者が全滅したとして、外への出入り口が出現しなかったら?」
そこでセオさんは小さく笑い、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「その時は拾いに来てやるさ。仕方ないからな」
その言葉で僕は思わず吹き出してしまった。
「はは……はははっ……!」
「ん? どうした? アベル?」
「セオさんって……」
「ん?」
「ツンデレなんですね」
「……」
セオさんは何かを考えて、そして……何かに気づいたように顔を真っ赤にして首をブンブンと左右に振った。
「そ、そんなことを言うなら拾いに来てやらんぞっ!」
「ヘソ曲げないでくださいよ……」
この分じゃあ絶対に闘技場の王者に僕が殺されそうになったら助けに来てくれてたね。
うん。絶対にそうだ。
「もう二度とそういう発言をするな。分かったな?」
「……はい」
「それじゃあそろそろ時間だ。俺は行く」
「どこに?」
「求めることはただ一つ。俺は――」
そうしてセオさんはニヤリと笑ってこう言ったんだ。
「――俺より強い奴に会いに行く」
そのまま、セオさんは踵を返して歩き始めたのだった。
僕と妹は大きな声で、セオさんの大きな背中に向けて声を投げかける。
「ありがとうございましたっ!」
するとセオさんは振り返ることなく、けれど右手を掲げて親指を立たせる。
いつまでもいつまでも、僕と妹はセオさんの後姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
「振り向きもしないで行っちゃったねお兄ちゃん」
「でも、ちゃんと右手をあげて……ちゃんと返事をしてくれたよ」
「……うん。そうだね」
さて……と僕は思う。
魔人の支配が終わった。
この階層は管理された人間牧場としての役目を終え、そしてこれからここに住む者達には闘技場の亜人による支配が始まるだろう。
そんな中で、子供が二人で生きていくということは苦難の連続だろうと思う。
でも……それでも……。
「セオさんがこの迷宮をぶち壊してくれるまで、お前を守るから」
僕の言葉に妹は不安げに眉を潜めた。
その頭を優しく撫でながら、僕は思う。
僕は弱者だ。
でも、弱者でも戦い方によっては強者にも勝てる道はある。
逃げなければ、どんな境遇でも活路はあるんだ。
そして……いつかは僕も強くなりたい。
そう――
――セオさんのように強く、そして優しく。
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