第11話 奈落の底のコロシアム その2

 サイド:アベル


 亜人と人間の街で僕は生まれ育った。

 僕たちはこの街では珍しい純血種族の人間ということで、それはもう丁重に扱われた。


 ――それはもう本当に……丁重にね。



 普通、亜人は農業や商業に従事して、35歳という年齢を迎えればエネルギーを取り出すために拷問施設に連れていかれる。

 そうして、衰弱死するまで苛め抜かれて殺されることになるのだ。


 けれど、純血種の人間はエネルギー効率が良いと言う事で……殺される前にご丁寧なことにイベントが催される。


 深い絶望こそが魔人様の求めるエネルギーということで、純血の人間種には絶望を演出する為に、希望というの名のエサが与えられるのだ。


 例えば、それは僕の父の場合であれば円形闘技場で戦うことであり、もしも勝てば……この街を支配している魔人様による死の運命からの解放を確約されたんだよね。




 ――魔人の趣味で運営されている亜人の円形闘技場。

 そこで登録されている戦士たちは、勝ち続ける限りは生命が保障されるが、負けるということはイコールで死ぬことになる。


 それでも拷問されて死ぬ運命よりはよほどマシということで、円形闘技場を希望する亜人は多い。

 当然ながら倍率は大変なもので、素体からして屈強な亜人しか採用されない。

 で、年に何度も、負ければ死亡の試合をやらせるのだから、それはもう亜人は必死に訓練を行う。


 そうして、父さんが戦ったのは10年間無敗の闘技場の王者だった。

 強者の中での強者が相手ということで、普通の農業従事者だった父さんに勝てる訳がない。


 けれど、希望という名のエサを与えられた父さんは努力した。


 ロクに施設も、そして剣を教えてくれる人もいないのに――ただひたすらに体を鍛えた。

 試合の日付を告げられてから……試合の日の前日までの半年間。

 分からないなりに、タダひたすらに農具を剣に見立てて振り回し、そして筋肉のトレーニングをしていたんだ。

 それは、あるいは負ければ母さんが発情したオークの群れに放り込まれた後に殺されると告げられたことも原因だったのかもしれない。



 で、結果として……父さんは円形闘技場で母さんを賭けて亜人と戦って、当然ながら瞬殺で負けた。

 目の前でオークの群れに蹂躙される母さんを見ながら、そしてまたワザと急所を外されて負けた父さんも……四肢を少しずつオークに食われながら、血涙を流しながら絶命した。



 


 そうして5年の歳月が経過して、僕が17歳で妹が12歳となった。

 基本的にはこの街のシステムでは、人種の養殖……つまりは生きる為に必要なものは過不足なく与えられることになっている。

 街の中での相互扶助システムも完璧だし、子供が二人で生きていく分にも不便は無かった。



 ただ、強制的にいつかは命が刈り取られると言うことが確定しているだけで、ここには不思議な安定と秩序があるんだ。



 それは、あるいは僕たちが育てている家畜小屋の中と同じ意味での秩序と言い換えるのが適切なのだろうけれど。






 ――そして、現在。

 どうにも最近は新しい冒険者が来ないと言う事で迷宮運営のエネルギーが火の車らしい。


「……まあ、そういう訳でキミたちに白羽の矢が立ったんだ」


 魔人様からそう告げられたのは、街で残り少ない純血種族である僕と妹だった。


 ルールとしては父さんと母さんの時と全く同じだ。


 円形闘技場で僕が亜人の王者に勝てば、寿命まで生き残ることができる。

 けれど、負ければ僕は死んで妹は発情したオークの群れに放り込まれることになる。


「お兄ちゃん……怖いよ……」


 魔人様が帰った後で、そして僕は震える妹の肩を抱いて優しくこう言ったのだ。


「貯えなら少しある。試合がある半年間は……うんと贅沢をしよう」


 父さんがガムシャラに体を鍛えていたのは知っている。

 そして、それが全くもって本職の闘技場の戦士に通用しなかったことも。


 ――死ぬ日までを精一杯に幸せに生きる。


 僕は、そういう風に結論を下したのだった。






 ――そして半年後。


 いよいよ明日が決戦の日となった僕は円形闘技場の観客席に座っていた。

 どの道、明日僕は死ぬ。

 僕も妹も覚悟を決めているけれど、せめて自分が死ぬ場所位は下見をしておきたい。

 まあ、僕がなんとなしに円形闘技場に足を運んだのはそういう理由だろう。


 そうして、血みどろの命のやり取りが行われる事数試合。


 僕の隣に一人の男が座ってきた。

 

「時に少年?」


 上半身裸で下半身はズボン。

 物凄い筋肉だけど、街中と言う事を考えると――見た目は明らかに変質者のソレだった。


「はい、何でしょうか?」


「あの張り紙を見るに、明日は君の公開処刑らしいな?」


 魔法技術で印刷した僕達の写真。

 そう、円形闘技場の至る所に僕と王者によるエキシビションマッチの張り紙が貼られているのだ。

 無論、妹の蹂躙ショーに至るまで詳細に張り紙には書かれている訳だ、


「ええ、そうなりますね」


「使用武器は剣。魔法は禁止で、それ以外ならルールは無しとある」


「ええ、そういうルールですね」


「要は肉弾戦なのだろう? それも、試合の決定は半年前とあった」


「……そのとおりです」


「時に少年よ? 何故に君の体は……そんなに線が細いのだ? 鍛えられた形跡が一切見られないぞ?」


 そこで僕は拳を握りながら、肩を震わせてこう言った。


「貴方に何が分かるんです? 後、僕は少年じゃない……名前がある! アベルという名前がっ!」


「ならばこちらも名乗ろうか。俺はセオ……セオ=ピアースだ」

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