第9話 ゴブリンチェス 後編
それから1000年後。
床にマス目模様の施された部屋には執事が立っていた。
そして、執事に相対するように一人の男がテーブルに座っていた。
男の名はセオ=ピアース。
――人類最強である。
「チェスでございますよ」
「……チェス?」
「お客様はお一人様のようで都合もよろしいですね」
「昔から群れることは嫌いでな」
「素直にハーブティーを飲みましたが……正気ですか?」
「正気と言うと?」
「私が毒でも入れたらどうするつもりなのです?」
「問題ない」
「と、おっしゃいますと?」
「鍛え方が違うからな。むしろ栄養になって良い。自然系の植物毒はビタミン豊富だ」
「何を言っているんだこいつは?」的に、執事は小首を傾げた。
が、気を取り直したかのように小さく頷き口を開く。
「ともかく、毒は入っておりません」
「そうか……残念だ」
「残念?」
「俺は敵対者を望んでいるからな。俺に毒を盛るような――ガッツのある奴は多い方が嬉しい」
「……?」
「何を言っているんだこいつは?」的に、執事は再度小首を傾げた。
「まあ、よろしい。ハーブティーも飲まれたようなので不要物は消しましょうか。席からお立ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
セオが立ち上がると、執事はパチリと指を鳴らした。
するとテーブルの上の茶器類と、そして椅子が音もなく消失する。
「……驚かないのですか? モノが急に消えたのですよ?」
「俺が手品で驚いていたのは4歳の頃までだ」
「ふむ……まあ良いでしょう。ルールは簡単でございます」
そういうと執事は懐から砂時計を取り出した。
そのままテーブルにコトリと二つの砂時計を置いた。
「制限時間……いや、持ち時間は1時間」
「チェスの熟考時間か?」
サラサラと二つの砂時計の上方から下方に向けて流れる砂を、セオは食い入るように眺める。
「そのように考えて貰ってもよろしいでしょう。それではルール詳細ですね」
・ゴブリンチェス
1 基本ルール、例えば駒の移動可能区域等は通常のチェスと同様
2 持ち時間がなくなれば負け
3 どのような形でも勝敗が決定するまでに生き残っていれば勝ち
「ゴブリンチェス……だと?」
パチリと執事が指を鳴らすと、突如として武装したゴブリンが現れた。
それぞれが兵士(ポーン)や僧正(ビショップ)を模した武装であり、数も敵味方でチェスの駒のそれと同じだ。
「ゴブリンたちは生きたチェスの駒とお考え下さい。相手のいるマス目に自軍のゴブリンが辿り着けば、それぞれのゴブリンに持たせた強力な武器で一撃の下に屠り去るでしょう」
「なるほど。そしてそれぞれのキングは貴様と俺ということか」
「ご名答。それでは貴方がゲームスタートだと言えばチェスのスタートです」
サラサラと流れ落ちる砂を見て、セオは小さく頷いた。
「受けて立とう。ゲーム開始だ」
ニヤリと笑うセオに執事は小首を傾げながらこう言った。
「えらく自信満々ですね?」
「ああ、俺は生まれてこの方――チェスというゲームで負けたことはない」
その言葉を受け、執事がクスリと笑った。
「自分の負けが確定していることに気付かないなんて愚かですね」
「負けが確定? 再度言うが――俺はチェスで負けたことがない」
「これは楽しみですね」
そうしてゴブリンチェスが始まったのだった。
ゲーム開始10分。
通常のチェスと同じく、マス目に攻め込まれたゴブリンたちは、通常のチェスとは違い――汚い悲鳴と共に屍を晒していく。
執事の腕は確かなようで、ほとんどノータイムで次々とゴブリンたちを盤面で動かしていく。
21手目で執事は大きく頷いた。
「ビックリするくらいに歯ごたえがありませんね? チェスのルール程度は知っているようですが……そのような腕でどうして今までチェスで無敗だったのですか?」
「俺が強いのはここからなんだよ」
「しかし、これでもう――チェックメイト済ですよ?」
執事陣営のゴブリンの兵士(ポーン)が、セオ陣営のゴブリンの騎士(ナイト)のマス目に乗り込んで切りかかる。
「ギイっ!」
首を刎ねられると共にゴブリンの騎士(ナイト)は断末魔をあげた。
「チェックメイト……?」
そこでセオは不思議そうに小首を傾げた。
「ええ。貴方様のターンでどのような手段を取ろうともキングは詰みとなります」
「いや、まだ終わってはいない」
そうしてセオは自分が立ってるマス目から、部屋の端まで歩いていった。
「……え?」
「ふんっ!」
セオは壁を殴って大穴をあけた。
ちなみに、ここは2階なので外には延々と森が広がっている光景が広がっているという具合だ。
「足場は空気魔法で確保……良し外に出たぞ。なるほど、この階はオリハルコンの一枚床のようだな。これは都合が良い」
床に両手の指を突き入れて、セオはそのまま床全体を持ち上げて――
――メリメリメリメリっ!
「これが俺のチェスの流儀だっ!」
バキバキバキバキバキっ!
床全体が持ち上がり、そして天井に向けて放り投げられた。
「ええええええええええっ!?」
天井を突き抜け、3階、4階、5階――そして空高くチェスの盤は放り投げられていく。
建物を突き抜け、更に上昇。ぐんぐん上昇。ずんどこ上昇。
猛烈な勢いで床――チェスの盤面は天空に向けて打ち上げられていく。
そして、地上数千メートルのところでチェスの盤面は上昇が止まった。
当然、そこからは落下が始まることになる。
重力加速度に従って、ゴブリンと執事はそのまま速度を増しながら落下し――
――ドゴゴゴゴゴゴゴっ!
落下の衝撃。
元々の建物を完全に破壊し、そして地面に巨大なクレーターが形成された。
当然ながらゴブリンは全滅している。
「ほう、これで死なないか」
セオの言葉のとおりに執事は死んではいないが、その顔面には驚愕に包まれていた。
「な、な、な、何なのですっ!? どういうことなのですっ!?」
「俺はチェスはルールくらいしか分からんのだっ!」
「は……はい? いや、貴方は無敗だったのでしょう?」
「ああ、そのとおり! 俺は負けず嫌いだからなっ! だから――俺は負けそうになったら盤面をひっくり返すことにしているのだっ!」
有無を言わせないセオの圧倒的な断言に、呆気に取られて執事はただただ肩を震わせる。
「いや、でも、そんな……そんな……こんな盤面ごとひっくり返すような……そんな無法が――っ!」
「ルール説明には盤面をひっくり返してはいかんとは無かっただろう?」
「そんな屁理屈が……っ!」
「それにこれ以上は馬鹿なゲームには付き合いきれん。低層にはロクなのがいないことは既に分かっている。俺は先を急ぐのでな?」
ボキボキとセオは拳を鳴らし、大きく拳を振りかぶった。
そうして執事はセオの鉄拳が自らの顔面にメリ込んだ時に気づいたのだ。
先ほど、自分はセオに「既にセオの負けが確定している」と告げたが、それは誤りだったと。
つまりは――
――セオがこの階層に現れた瞬間から「自らの敗北は既に決していた」のだ……と。
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