第8話 ゴブリンチェス 中編

「ルールをよく思い出してください」



・ゴブリンチェス

1 基本ルール、例えば駒の移動可能区域等は通常のチェスと同様

2 持ち時間がなくなれば負け

3 どのような形でも勝敗が決定するまでに生き残っていれば勝ち


「本当に……どういうことなのだ?」


「チェスそのものの勝敗はどうでも良かったのです。ここまで言えば――お分かりでしょう?」


 そうして男は、心の底から醜悪に笑ったのだった。


「あっ……まさか……っ!?」


 女聖騎士の言葉に執事は大きく頷いた。


「このゲームの解答は――ゲームの開始を宣言せずに制限時間まで粘るということです」


「そ……そんな単純な……?」


「勝敗不問で生存のみが条件となる訳ですからね。そうして私はチェスが始まる前に砂時計を設置して制限時間の計測をスタートし、その後に『それでは貴方様がゲームスタートだと言えばチェスのスタートです』といいました」


「ぐっ……」


「チェスが始まってしまえば戦闘開始の合図となります。さすがに私もチェスがスタートしていないのに貴方様を殺すわけにもいかない」


 そうしてパンと執事は掌を叩いた。


「と、以上で説明は終了です。何かご不満でも?」


 そこで女騎士は床に膝をついて、全てを諦めたようにこう言った。


「くっ……殺せ」


 執事は女聖騎士の言葉を無視し、楽し気に室内を歩き回る。

 そうして懐から注射器を取り出して、自軍のゴブリンの首筋に薬剤を注入していく。


 涎を垂らしながら、血走った欲望の眼差しでゴブリンたちは女騎士に視線を送る。


「ゴブリンに性的な発情を促すホルモンを注入しました。他種族かどうかなんて、今の彼らには些細な問題でしょう」


「な……っ!?」


 そのまま女聖騎士に向けて執事は歩みを進める。


「ひぎィっ!?」


 ボキボキボキボキっ!


 瞬く間に執事の打撃で女聖騎士の四肢の骨が粉砕されていく。


「これで貴方は動けません。相手が低レベルな魔物の代名詞であるゴブリンですら、払いのけることは叶わない。まあ、制限時間切れまで残り50分です。時間切れまでにはきちんと殺してあげますのでご安心くださいな」


 そうして執事がパチリと指を鳴らすと、ゴブリンたちは一斉に女聖騎士に飛び掛かっていった。 


「せいぜい泣き叫んで下さいな。こんな簡単なことにも気づかないなんて……と、後悔と共に泣き叫ぶことがあの方々に捧げる至上のエンターテイメントとなるのです」


 迫りくるゴブリンを確認し、女聖騎士は「ヒッ!」と悲鳴をあげた。


「くっ……くっ……殺せ……っ! 今すぐに私を殺せっーーーっ!」


 その言葉に応じる者は誰も無く、ただただ執事の笑い声だけが室内に響き渡った。





 それから1000年後。

 床にマス目模様の施された部屋には執事が立っていた。

 そして、執事に相対するように一人の男がテーブルに座っていた。


 男の名はセオ=ピアース。

 


 ――人類最強である。


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