第4話 奈落の迷宮のデスゲーム

 一面が白色の謎の空間。

 無限とも思える空間がそこに広がっていた。

 そんな中、ポツンと4人の男女が佇んでいた。


「ここが奈落の底か……」


 と、言ったのは勇者の男。


「生還者ゼロの最高位難易度のダンジョンね」


 女武闘家が小さく頷いた。


「しかし、当代最強の英雄揃いの私たちなら……」


 剣聖が他の3人に感慨深げに視線を送る。


「ええ、私達ならこの迷宮を走破して……迷宮探索史に歴史の一ページを刻むことができるわ」


 女賢者が覚悟と共に拳をギュっと握って言葉を続ける。


「でも、変ね? 奈落の大穴を降りている途中で私達は急に意識を失って――」


 その言葉に小さく勇者は頷いた。


「ああ、気が付けばこんな謎の空間に……はたしてこれはどういうことだ?」


 と、その時、一面に黒い閃光が走って4人の視界は一瞬だけ奪われた。


 そうして光が収まると同時、一人のピエロが4人の前に立っていた。


「ハハっ! ハハハっ! ようこそー! 奈落の迷宮へーっ!」


 剣聖がピエロに尋ねた。


「貴様は何者だ?」


「これは説明が遅れました。私は奈落の迷宮におけるゲームのルール説明役のピエロ君だよっ!」


「ピエロ君? 私たちは迷宮攻略をしにきたのであって、ゲームをしにきた訳ではないぞ?」


「この迷宮に入った以上は命を捨てたってことだよね? それって自殺だよね? なら、一度捨てられた命を僕たちがどう使おうと僕たちの勝手ということさ。迷宮であがいて苦しんで泣きさけべば良い。それこそがあの方々の喜びとなる」


「泣き叫んで苦しめだと!? こっちはゲームをやっているのではないっ! ふざけるなっ!」


 そうして剣聖が剣の柄に手をかける。


「待てっ! 良く分からん状況で剣を抜くなっ! せめて話を聞いてからにしろっ!」


 勇者の制止もきかずに剣聖が剣を鞘から抜いた。


「情報なら痛めつけてから引きだせば――アッ……」


 ドサリと剣聖が崩れ落ちる音。


「……え?」


 倒れた剣聖の眉間にはトランプが突き刺さっていた。


「おい……無影の剣聖……ミカエルが……反応すらできずに倒されたと?」


「アハハー! ダメだよー! 説明役に手を出すのはご法度だぞ☆」


「ちょっと待てよ……痛っ!」


 ピエロの肩を掴もうとした勇者の指が飛んだ。

 やはりピエロが放ったトランプで勇者の右手の小指が飛ばされたのだ。


「はははー☆ 剣を握るのに小指が一番重要なんじゃないの? その指でこれから先……大丈夫なのかな? 大丈夫なのかな?」


「ぐっ……」


「大人しく言うことを聞かないと次は首筋の動脈を飛ばしちゃうぞ☆」


 その言葉で一同は押し黙り、シンと場は静まり返った。


「ルールは簡単だよ。この迷宮は階層ごとに分かれていて最下層までクリアーすれば外に出られる。ただし難易度はエクストリームときたもんだ! 知っての通りに今まで生還者は一人もいないんだよね♪」


「具体的にどうすれば……? クリアーも何も……出入口らしきものが見当たらないのだが?」


「階層主を倒すか、あるいは階層主の提示した条件を満たせば次の階層に至る道が開かれるという寸法だよね。ちなみに階層主はクソ強いので倒すのは諦めた方が良いね。要は無理難題の条件提示に対して君たちが右往左往するのを見て楽しむというのがこのゲームなんだよ。この階層は僕が階層主だけど……クソ強いのはさっきので分かったと思う。ああ、そうそう、特別サービスで説明が終わればドアが開かれることになっているからね」


 パチンとピエロが指を鳴らすと、ピエロの背後には人が一人通れるほどの開かれたドアが現れた。

 ドアの中は真っ暗闇で、直接に別空間と別空間をつなげたような形になっているらしい。


「この迷宮は何なんだ? こんなドアは見たことも聞いたことも無い」


「その質問は受け付けないよ☆ まあ先を進めば嫌でも分かるよ。君たちでは絶対に先に進めないと思うけどね」


 そうして掌をパンと叩いてピエロは言った。


「とりあえずの説明はこれで終わりだね☆ それじゃあ幸運を祈るよ♪」


 と、三人がドアに向かおうした時――


「ああ、そうそう。ルールを説明したところだけど……最後にもう一つだけこの階層独自の階層主によるルールがあるんだ」


「それは何だ?」


「僕を怒らせちゃいけないっていうルールがあるんだよね♪ 最初に君たちは僕に手を出したよね?」


「だから手を出したミカエルは死んだ訳で――あぎゅっ!」


 今度は勇者の眉間にトランプが突き刺さった。


「残~念☆ キミたちは全員死刑だ☆ アハハー☆」


 トランプが女賢者の眉間に突き刺さる。


「アハハハー☆」


 女武闘家の眉間にトランプが突き刺さる。


「アハハハハハハハハハー☆ これでお~しまい♪」


 血と脳漿を垂れながし、ピクピクと痙攣する4人を見てピエロは更に高らかに笑った。


「アハハハハハハハハハー☆ アハハハハハハハハハー☆ アハハハハハハハハハー☆」




 ――悠久とも思える時間の中、ピエロはただひたすらに白い空間で新しい迷宮の獲物を待ち構えている。


 自らに手を出してきた脆弱な人間の命を狩る。


 それこそが、迷宮の門番に許された唯一の娯楽であり、至福の一時だった。


「アハハハハハハハハハー☆ アハハハハハハハハハー☆ アハハハハハハハハハー☆」








 ――そして、200年後。


 一面が白色の謎の空間。

 そんな中、ポツンと一人の男が佇んでいた。



「ふむ……昏睡魔法の後に空間転移術式か。昏睡はレジスト済……空間転移についてはレジストはやろうと思えばすることはできたが、敢えて転移されてみた。はてさて……鬼が出るか蛇が出るか」


 と、その時、一面に黒い閃光が走る。

 無論、セオの視界は一瞬たりとも奪われることもない。


 そうして光が収まると同時、一人のピエロがセオの前に立っていた。


「ハハっ! ハハハっ! ようこそー! 奈落の迷宮へーっ!」


「貴様は何者だ?」


「これは説明が遅れました。私は奈落の迷宮におけるゲームのルール説明役のピエロ君だよっ!」


「ピエロ君? 俺は俺より強い奴に会いに来たのであって、ゲームをしにきた訳ではないぞ?」


「この迷宮に入った以上は命を捨てたってことだよね? それって自殺だよね? なら、一度捨てられた命を僕たちがどう使おうと僕たちの勝手ということさ」


「ふざけるなっ!」


 そうしてセオは右拳をギュっと握った。

 そのままセオは右拳を腰ダメに構えてピエロの顔面に正拳突きを打ち込もうとする。


「ふふ! ふふふっ! 説明を聞く前に全滅は珍しいよ☆ まあ、一人だとたまにあるけどねっ!」


 ヒュオンと風切り音と共にピエロのトランプが放たれて――


「――何っ!?」


 空中でセオはトランプを掴んでいた。

 左手の中指と人差し指に挟まれたトランプを凝視してセオはクスリと笑った。


「オリハルコン製のトランプか。ここの迷宮は給料が高いらしいな? オリハルコンってのは高いんだろう?」


 笑うセオとは対照的に、ピエロからは完全に薄ら笑いが消えた。


「ともかく、俺はお前が気に食わねえ。この部屋は――血の臭いが酷えんだよ。それもみんなロクな殺され方をしちゃいねえ」


 そうしてセオは構えていた右拳をピエロに向けて繰り出した。


「ははー☆ マグレでトランプを防いだからって調子に乗ったら困るな? 人間の攻撃が僕に通用する訳が――アギャっ!」


 音速を遥かに超えた拳。

 猛烈な勢いの右ストレートが顔面に突き刺さり、ピエロは3キロメートルほど後方に吹き飛んだ。

 それはもう、飛びに飛んだ。ぶっ飛んだ。

 何せ3キロ――3000メートルも吹き飛んだのだから。



「……ぐっ……はっ……」



 完全に脳震盪になっているようで、ピエロはどうにか起き上がったようだが膝が完全に笑っていた。


「ほう、さすがは魔神の住む迷宮だ。俺の本気の拳に一撃耐えやがった」


 やはり音速を越えた速度で、吹き飛んだピエロを追いかけてきていたセオは楽しそうに笑った。



「――き、き、君……は何……者? あの方々と……同種の存在に……キミも作られたの? こんなの……ありえ……ない……」


「あの方々? そんなのは俺は知らねえよ。とりあえずテメエは死ね」


 セオはピエロの顔面に回し蹴りを放とうとしたが、その瞬間にピエロは笑い始めた。



「アハハハハハハハハハー☆ 良いのかな? 僕を殺しちゃっても良いのかなァー?」



「どういうことだ?」


「この階層の出口も知らずに殺しちゃっても良いの? 迷宮からの脱出方法も聞かなくても良いの? ケンカはキミが強いけど、情報は僕は持っているんだぞ☆」


「ああ、そのことな」


 パチリとセオが指を鳴らすと、そこにドアが現れた。



「…………えっ?」



「近くの次元同士をつなげてダンジョンを作ってんだろ? 入った瞬間に構造は何となくわかった。で、次元階層の主を殴って弱らせてから……次元転移魔法を応用して指パッチンすればこのとおりって訳だ」


 パクパクパクパクと口を開閉させながらピエロは言った。


「………………えっ?」


「ってことで、死んどけ」


 その言葉で――ピエロは表情を歪ませて、何を思ったのか全身を震わせて全力で笑い始めた。

 それはまるで、笑い続けることこそが……最後に見せるピエロとしての自分の矜持であると主張するように。

 

「アハハハハハハハハハー☆ アハハハハハハハハハー☆ アハハハハハハハハハー☆ アハハハハハ――アビュっ!」


 右ストレート。

 左ハイキック。

 レバーブロー。

 全ての打撃が瞬間に叩き込まれた。


「絶命するまでに本気で殴って3発か……初っ端からこれなら、本当に期待できるな」


 そうしてセオは次の階層へとつながるドアへと歩を進めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る