決別

「時間稼ぎのつもりか‼︎」

「なんとでも言えよ」


 ナツがヴィンを倒せるとは思えない。たとえヴィンが一時的に力の使いすぎで倒れ、そこを攻撃したとしてもだ。ナツは気づいたはずだ。それなら、そのことも理解しているはず。

 となればナツの目的はひとつ。ナギがヒナを排除する時間を稼ぐことだ。

 早く決着を付けないとまずい。

 電撃を打ち込むものの、恐ろしいほどの正確さで全てナツの炎に阻まれてしまう。ヴィンに力で劣るぶん、ナツの力を放つ精度はかなりのものだ。


(ヒナ、頼む無事でいてくれ。頼む……‼︎)


 苛立ちと焦りが胸を焦がすように全身を駆け巡る。頭が沸騰したように熱い。

 ナツの周りに再び炎が揺めき立つ。それを放とうとナツが構えた時、鳥の鳴き声が鼓膜を揺らした。あの声は、ドゥードゥだ。

 それはヒナの無事を伝える声。ドゥードゥはヒナを助けてくれたのだ。

 ナツの表情が歪んだ。そこにはありありと苛立ちが現れている。その苛立ちを隠さないまま、一気に炎を放った。それを電撃で作った壁で防ぐ。炎を弾いた電撃は、四方に放電し消えていく。

 またドゥードゥの鳴き声がした。今度はナツを静止するもの。

 声の方へ視線を向けると、ドゥードゥに手を引かれたヒナの姿が見えた。こちらへ向っている。そしてヒナは無事だ。その事に心底安堵する。


「ヴィン‼︎」

「ヒナ‼︎」


 ヴィンの横に並んだドゥードゥからヒナを受け取る。その温もりにたまらずヒナを腕の中に納め、力を込めて抱き締めた。

 無事だ。怖い思いをさせたに違いなかったが、生きている。その事に胸が熱くなった。


「ナツ、もうやめて欲しいな」

「ドゥードゥにそう言われると背筋が寒いよ」


 ドゥードゥの力はナツも充分に承知している。だからこそ恐怖を感じるのか、その顔が引きつっている。


「ここは退いて欲しい」

「はッ、お人好しだねドゥードゥは。反吐が出る」

「ナギが」


 ナツの挑発的な言葉にもドゥードゥは反応しない。ただ静かに、ナギの現状を伝えた。その内容にナツの顔に焦りと怒りが滲んだ。


「放っておくと鳥喰草に見つかって喰われるか、衰弱して死ぬかしかない。妹を助けようと思うなら、今行ってやったほうが良いと思うよ」

「助けたことを後で後悔するんだね!」


 吐き捨てるように言って、ナツがドゥードゥの横をすり抜け猛スピードで地上へと降下していく。


「ヒナ、助けてやれず怖い思いをさせてすまない」

「ううん、それよりヴィンは無事なの?」

「ああ」


 ナツにつけられた傷ももう癒えている。忌々しいが無事だ。


「良かった、お前になにかあったら俺はッ……」


 抱きしめる腕に力がこもる。離したくない。

 胸に広がる熱いものが全身に広がり、ヴィンの呼吸を乱す。苦しいほどのその感情に、自分でも戸惑う。


「行こうか」


 静かに言って翼を広げたドゥードゥの声でやっと頭の中が少し冷えた。なんとかヒナから身体を離し、その手を取って島から離れる。


「残念だけどあの島は諦めるしかないね」

「ああ」


 戻って鳥喰草を駆除したいのは山々だが、結局またナツとナギの二人と争わなければならなくなるだろう。そうなれば、今はこちら側についてくれているドゥードゥの気が変わらないとも限らない。

 ドゥードゥは気づいているのだろうか。それすらヴィンにはわからないのだ。


「わたしのせいだよね……」

「違う‼︎」


 悲しげに顔を歪めたヒナに、胸が痛くなる。ヒナが楽園へ来たのは彼女のせいではない。

 それに、楽園が綺麗だと楽しそうにはしゃいでいたヒナが、楽園を害するわけがないのだ。それをするのは––––––––。


「そうだね、それは違うと僕も思うなぁ」

「でも、でもわたしがここに来なかったら、ナツやナギと争うこともなかったでしょ⁉︎」

「んー、そう言われるとそうかもしれないけど。でも根本底な考え方が違うわけだから、もしかしたらヒナちゃんのことがなくても争ってたかもしれないよ」


 遠ざかっていく島を一度だけふり返る。

 ナギは助かっただろうか。ドゥードゥを良く知っているのに向かって行ったのは相当な勇気が必要だっただろう。

 無事だといい。そして、この先戦わずに済めば良いのにと願わずにはいられない。


「だけど……」


 ヒナの手がぎゅっとヴィンの手をにぎり締めた。微かに震えるその手をにぎり返す。

 ヒナと別れるその時まで、この手を絶対に離さない。


「もしそう思うなら、僕たちが争わないためにもヒナちゃんは早く帰ることだけを考えなくちゃいけないよ」

「そっか、うん……そうよね」


 ヒナとはもうじき別れなくてはならない。彼女の命を守るためにも。

 そのためにこうしてドゥードゥやナツ、ナギを巻き込み争ってまで飛んでいる。それでも、ヒナがいなくなることを考えると胸が締まるように痛んだ。

 繋いだ手が熱い。


「ナツたちとは距離を取りたいね。散々力を使った後で悪いけど、明日の夜までは休みなく飛んだ方が良いと思う。ヴィン、いけそう?」

「ああ、問題ない」


 体力は十分に残っている。

 それに、ヴィン自身もあの二人とは戦いたくないのだ。信頼していた友だっただけに。そんなことを思うなど、ヴィンには許されないことだとしても。


「ヒナちゃんは、眠くなったら寝るんだよ。無理をするといざって時に動けないからね」

「うん……」


 明らかに気落ちした様子で頷くヒナ。その気落ちが、自分と別れるのが辛いからだと言って欲しい衝動に駆られ、なにを馬鹿なことをと頭をふる。

 ヒナは帰りたいと、そう言っていたではないか。このまま無事に帰してやることだけを考えなくては。

 そのためになら寝ずに飛び続けるくらいなんでもない。大事なのはヒナが生きていてくれることなのだから。

 たとえ、二度と会えなくなるのだとしても。


(俺が、ヒナを守ってやらなければ……)


 ◆ ◇ ◆


 地面に横たえた胸の中には、ヒナがすっぽりと収まって寝息を立てている。その安らかな顔を見つめながら、ヴィンは込み上げる飢餓感に苛まれていた。

 あれからヴィンとドゥードゥは夜を迎えてもヒナを代わるがわる抱き暖を取ってやりながら飛び続け、次の夜になるまでそれは続いた。その間に通り過ぎた島の鳥喰草は駆除できていない。

 二度目の夜には、さすがのヴィンもドゥードゥも疲労していた。今夜は一晩、地面の上で眠る。

 しかし、ヴィンは先ほどから激しい飢餓感に襲われて眠るどころではなかった。


(もう限界なのか)


 凍えないようにぴったりとくっついたヒナの肌。それを震える手でなでる。視線が細い首筋に引きつけられ、そこへと自然に手が伸びた。

 ヒナが欲しい。その命を貪り尽くすまでめちゃくちゃにしてやりたい。この安心し切った顔を歪ませるのだ。その瞬間の命の輝きはどれほど––––––––。


(くそッ俺はなにをしようとしてるんだ‼︎)


 首に触れる直前で我に返り、拳をにぎる。背筋を冷たいものが這い上がり、嫌悪感に吐き気を催す。

 助けたい、生きていて欲しいと真実願っているのに、そのヒナを手にかけたいという狂った衝動がこんなにもあるなんて。

 ヴィンの斜め上あたりで寝ているドゥードゥは、こちらに背を向けている。気づかれた気配はない。

 早くヒナを帰さなければ、今にも自制が効かなくなるかもしれない。その思いがヴィンの中を駆け巡る。


(そうなったら俺は……)

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