畑の迷子
イネ
第1話
冬のはじめの寒い日でした。
土ガエルの母さんが家路を急いでおりますと、畑の真ん中に、迷子の子供がすわりこんでいるのを見つけました。
子供は、まるでお守りのように自分の親指をきゅっとにぎりしめて、涙をこらえ、ようやく言いました。
「ぼくのおっかさん?」
土ガエルの母さんは、それはそれは気の毒に思いましたけれど、こう答えました。
「おまえにはしっぽがあるね。けれどもわたしの子供たちなら、しっぽなんてとっくに抜けちまったよ。かわいそうだけれど、別のご婦人がきたら、また、たずねてみるんだね」
しばらくすると、今度は野ねずみが通りかかりました。
子供は、野ねずみにしっぽがあるのを見て元気よく立ちあがると、また親指をにぎりしめてたずねました。
「ぼくのおっかさん?」
野ねずみのおばさんは「おやまぁ!」とつぶやいたあとで、申し訳なさそうに首をふりました。
「ごらん、わたしは灰色ねずみだよ。おまえは真っ白じゃないの」
次にやって来たのは、白くて、しっぽのある、大きなウサギでした。子供は思わずかけよりました。
「ぼくのおっかさん?」
ところがウサギも言いました。
「おまえには耳がないじゃないか。だいたいおれはオスなんだよ」
そうしてきげん悪そうにピョイと行ってしまいました。
その次は、白くて、しっぽがあって、耳の小さい、烏骨鶏がやって来ました。
「ぼくのおっかさん?」
けれどもそう言ったきり、子供はついに泣き出してしまいました。
「残念だが、おれには羽がある。おまえにはないだろう」
烏骨鶏のおじさんは、ふわふわの尾羽で子供の汚れた頬をぬぐってくれました。
「さあ、元気をおだし。おまえはずいぶんすべすべしているし、おそらく、ヘビの子供じゃないだろうか」
そう言って、親切にヘビの家を一緒に訪ねてくれたのでしたが、ヘビはもうどうやら冬眠してしまったようで、まるで返事がありませんでした。
「ヘビの子供のはずなんだがなぁ」
烏骨鶏のおじさんはどうにも困った様子で、最後はすまなそうに言いました。
「まだおっかさんを待つかい? 今夜は冷えるよ。つらくなったら、いつでも鶏小屋へおいで」
もう、雪がふりはじめていました。
親指をにぎりしめた両手もすっかり冷たくなって、子供はぐずぐずと涙をこぼしながら、それでも「おっかさん、おっかさん」とたずね続けました。そしてそのたびに、モグラや猫や、白鳥の群れが、悲しく首をふって通りすぎて行ったのでした。
辺りはいよいよ陽がおちて、畑の真ん中に、子供の青白い姿だけがぼんやりと浮かんでいます。風で枯れ葉が転がったのを、おっかさんの足音と間違えて、子供は最後にもう一度つぶやきました。
「ぼくのおっかさん?」
それから、かすかに地面が温かいのを感じると、すーっと眠りに落ちていったのです。
「ぼうや、ぼうや」
子供は目を覚ましました。いつもどおりの温かいベッドの上でした。
お母さんが心配そうに見おろしています。
「ぼうや、こわい夢を見たの?」
子供はお母さんにしがみついて泣き出しました。
「ぼく畑で迷子になったんだよ。お母さんがむかえに来ないの。ぼく人間じゃなかったもの。白くて、しっぽがあって、それから、つるつるしてるんだから」
するとお母さんはほほえんで言いました。
「それはね、大根ですよ」
「ぼく、大根?」
「そう、大根」
「どうしてわかるの」
「わかりますとも。大根だってなんだって、わたしのぼうやには、いつでも親指をにぎりしめるクセがあるんです」
子供ははずかしそうにパッと両手をひらいて「うふふ」と笑うと、すぐにまた寝入ってしまいました。お母さんは白いふかふかの毛布をそっと引きあげて、子供のからだをやさしくつつみました。
夜はまだ長く、夢の中では烏骨鶏のおじさんが、心配そうに鶏小屋の外を見つめております。
畑の迷子 イネ @ine-bymyself
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