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温かいコーヒーを飲みながら、達則は空をながめた。

薄曇りの空は晴れる気配もないが、雨が降る様子もなかった。

達則はいい天気だと思った。

少なくとも、横でぐずつく亜依奈よりは。


「ううっ、うっ、ポーさん、ううー」


達則はため息をついた。

もう一時間も泣き通しの亜依奈に、達則はあきれながら言った。


「いいじゃんか別に、そこまで泣かなくたって。

たかがぬいぐるみ、手に入らなかったからって死ぬわけじゃないし」


亜依奈はうらめしそうに、鼻をすすりながらぐちった。


「もしさ、亜依奈がさ、今から一二時間後に死ぬとしたらさ。

亜依奈はポーさんを想いながら、未練を残して死ぬんだよ。

そしたら達っちゃんは、一生消えない罪を背負って生きていくんだよ」


「亜依奈は一生死なないよ」


達則はコーヒーを飲んで、湯気を吐き出した。

達則の視界には人々が行きかって、思い思いに大学祭を楽しんでいた。

ふと、その人々の中から、二人へ向かって走ってくる男がいた。


「おーい、達則ー」


達則は手を上げて返事した。

男は達則と亜依奈の共通の友人だった。

駆け寄った友人は亜依奈にちらりと目をやって、特に反応を示さずに達則に言った。


「この後バスケのトーナメントやるみたいなんだよ。

メンバーが足りないからさ、達則も入ってくれよ。

優勝商品はヴィーだぜ、ヴィー」


友人はそれのチラシを差し出した。

達則は受け取って、その内容を確認した。

文字列を追っていた達則の目は、ある一点で停止した。

それからしばらく考えて、一度亜依奈をちらりと見てから達則は返した。


「やってみるか。

優勝は、多分無理だと思うけど」




かくしてトーナメントは始まった。

達則たちのチームは一応経験者ぞろいで、案外するすると勝ち上がっていった。

亜依奈はさっきまで泣いていたのも忘れて、鬼のように応援した。


「いけーっ、攻めろ攻めろ達っちゃんー!!

トオル君右だ右、ほら守れー!!

そこだやれーっ!! 決めろーっ、殺せーっ!!

あーもー何やってんのー殺すぞー!!」


そんなこんなで、達則たちは決勝戦まで進出した。

決勝戦は白熱の試合となった。

両チームとも互角の実力で、大接戦のまま残り時間は一分を切った。

得点差はわずかに一点、達則たちが負けていた。

一点差を守りきるべく、相手チームはもうボールを渡すまいとしていた。

その中で、わずかに甘いパスが出た。

ボールは達則チームにもぎ取られた。

歓声をくぐり抜けて速攻で詰め寄ったチームメイトは、ゴール前の達則にパスを出した。

達則は受け取った。

間近のゴールまで、障害は何もなかった。

勝った、と、亜依奈も他のチームメイトたちも思った。


そのとき達則は、ゴールから遠ざかった。

必要のない後退で、スリーポイントラインの外へ出た。

誰も理解が追いつかなかった。

シュートは放たれた。

ふわりと浮き上がったボールは、ゴールの縁にはじかれた。


ボールが床を叩くより早く、試合終了のブザーは鳴った。

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