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達則の記憶が正しければ、彼がキャンパスにたどり着いたのはわずか三十分前のはずだった。

そしてそのときと現在で何か変化があるのなら、それはその三十分間に起こったことになる。

今、達則の知覚範囲には劇的な変化が見受けられていた。

ひとつは達則の財布が、かつて感じたことのないほどペッタンコになっていること。

そしてもうひとつは、亜依奈の両手があふれんばかりの荷物でふさがっていたことだった。

ついでに言うなら、その荷物はすべて例外なく食料品である。


亜依奈はにっかにかして、右手のフランクフルトをほおばった。


「むぐむぐ、おいひいー。

あっはっはー、ひゃーのひーいねー」


達則は背後霊のように無言でついていった。

金がかかるのは分かっていたことだが、三十分で吸い尽くされるのは想定外だった。

亜依奈はフランクフルトを飲み下して、のんきに喋った。


「大学祭は楽しいねー。

高校と違ってさ、出し物がクラス単位じゃなくてサークル単位だからね。

サークル入ってなければ遊ぶだけだよ、準備なしだよ。

あははービバ帰宅部ー」


キャンパスライフを楽しみたいのにサークルには入らんのか、とツッコむ気力は達則にはなかった。

亜依奈は右手のフランクフルトを食べさしたまま、左手のチョコバナナをほおばった。


「うふふふふ、ひあわへー」


それから亜依奈は、ふと立ち止まった。

達則はぶつかりかけて、ギリギリで停止して亜依奈の視線を追った。

模擬店のテントが立ち並ぶその一角に、他とは装いの違うブースがあった。

大量のおもちゃと段ボール製の大道具を並べたそのブースの看板には、「玉入れ スタンプ3個で1回」と書かれていた。


亜依奈の目が輝くのが、背後にいる達則にも分かった。

亜依奈は振り向くと、達則の想像の十倍くらい目を輝かせてはしゃいだ。


「ね、ね、達っちゃん、玉入れだって。

やりたいよね、やりたいよ、やってこーっ」


両手の荷物を手放さずに器用に達則をつかんで、亜依奈は玉入れコーナーに引っ張った。

三十分の模擬店めぐりで手に入れたスタンプすべてを代償に、亜依奈は玉を獲得した。

亜依奈は気合いを入れた。

段ボールで作られたいくつもの穴を目がけて、玉は投げられた。


その様子を偶然見ていた学生は、のちにこう語っている。


「神懸かってるってのは、ああいうのを言うんだろうな。

見てて感動したぜ、あのコントロール。

投げる玉投げる玉、例外なく穴に入らねえの。

もう、縁に当たってはじかれるとかそういう玉すらねえんだぜ。

九十度違う方向に投げる人間、初めて見たよ。

え、ああこのひたいの火傷?

ソイツの暴投が隣の屋台に突っ込んで、すっ飛んだお好み焼きがオレのひたいに着地したんだ」




亜依奈は、マジ泣きしていた。

景品を一個も取れないまま、残りの玉はあと一個。

亜依奈はうるんだ瞳で振り返った。

びくりとする達則に、亜依奈はしゃくり上げながら頼んだ。


「助けてようー、元バスケ部万年補欠の達っちゃんー」


「それは期待してるのかバカにしてるのか」


達則はため息をついた。

それでも預かっていた食料品を横に置くと、亜依奈から玉を受け取った。

受け取りながら、達則は尋ねた。


「景品は何がいいの?」


「ウマのポーさん」


達則は景品の棚を見た。

二メートルくらいあるウマのぬいぐるみが、そこにはあった。

一瞬、このぬいぐるみを持って帰らされる自分の姿が目に浮かんだが、それでも達則は気を取り直した。

達則はこれがもらえる穴を探した。

セットの一番高いところに、それはあった。


「マジにバスケのゴールくらい高いじゃん」


達則はつぶやいて、ともかくシュートの構えに入った。

そうして投げる寸前、亜依奈から声が飛んだ。


「達っちゃーん、元バスケ部なんだから、カッコよくスリーポイントで決めなよー」


達則はずっこけた。

よっぽど文句を言ってやろうかと思ったが、亜依奈の期待に満ちた眼差しを見て言う気も失せた。

達則は仕方なく、充分にスペースがあるのを確認して後退した。

スリーポイントラインの位置、ゴールから六・五メートル。

その距離まで離れて、達則はシュートの姿勢をした。

いつの間にかギャラリーが集まっていた。

その視線を背中で感じながら、達則はシュートを放った。

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