第2話 イジメっ子から友達へ
決心してからの僕の行動は早かった。
担任の先生に、
「僕がちょっとやり過ぎたと思うんです。双葉さんに謝りたくて」
「そう。佐久間君はいい子ね。私も、心が痛かったから」
いい子。本当は、そんなのじゃない。
だって、僕は、イジメの件も、「めんどくさい」くらいにしか思っていなかった。
本気で傷ついていたわけじゃなくて、いけ好かない奴に反撃したかっただけ。
ただ、やり過ぎて、双葉さんを追い詰めたのは、心が痛かった。
というわけで、先生から双葉さんの住所を聞いて、通い詰める毎日が始まった。
「あの、双葉さんは、大丈夫ですか?」
「ごめんなさいね。まだ、塞ぎ込んでるみたいなの。佐久間君はいい子ね」
「今日も手紙書いてきましたから。渡しておいてください」
「ええ。ちゃんと渡しておくわね」
双葉さんのお母さんを通じて、こんな風にやり取りするのが常だった。
この時の僕の気持ちは、どんなものだったんだろう。
贖罪?同情?ただ、放っておけなかったことは確かだった。
イジメで自殺した子がいるという話だって、理解するような歳だ。
僕のせいで、双葉さんが死んだら、と思うと居ても立ってもいられなかった。
幸い、やり過ぎたと思ったクラスメートも数名は居たらしい。
毎日の手紙には、彼ら数名も、メッセージを寄せてくれた。
そんな日々が一ヶ月程続いたある日。
「あの。まだ、双葉さんに会うのは無理でしょうか」
「実は、今日は結月が「一度、会いたい」って」
「じゃあ、お願いします」
というわけで、双葉家に僕は初めて通されることになった。
四階建てのビルを専有しているという少し変わったお家。
その二階に彼女の専用部屋があるらしい。
「結月。佐久間君が来たわよ」
「うん。入っていいよ」
との返事に、「後は、お願いね」と双葉さんのお母さん。
子ども同士の話にしゃしゃり出るのはよくないと思ったんだろう。
「じゃあ、お邪魔します」
と階段から二階の扉を開けて、入った僕は、言葉を失っていた。
僕の部屋の三倍くらいはあろうかという大きな部屋。
でも、昼間から薄暗くて、彼女はベッドに臥せって居た。
「え、ええと。双葉さん、風邪でも引いた?」
「ううん。ただ、何もする気が起きないの。なんでかわからない」
当時、僕は、どこかで「鬱」という言葉だけは聞いたことあった。
だから、ひょっとして、そういうことなのだろうか。
そんなことを、少し思った。
「あのさ、双葉さん。本当に、ごめん。あんな事になるなんて……」
これは、本当に本音だった。手紙にも書いたことだけど。
結果的に、僕が彼女を追い詰めてしまったと思う。
「ううん。だって、私が悪いの。人の気持ちを全然、考えずに……」
ベッドから聞こえるのはしくしくとした泣き声。
「いや、それでも、僕のした事はやり過ぎだった」
「でも、佐久間君はそうやって謝ってくれたけど。クラスの皆は?」
「皆がそうじゃないよ。僕以外からの手紙もあったよね」
と言いつつも、クラスの大勢は、せいせいした、という雰囲気だった。
だから、「登校しようよ」とは簡単に言えなかった。
「でも、クラスの皆はそうじゃないよね」
「それは……でも、僕が心配なのは本当だから!」
傷つけておいて、どの口がいえるのかと思った。
でも、薄暗い部屋に、ベッドに籠もりきりの彼女。
放っておきたくなかった。
「佐久間君が心配してくれるのは本当だと思う。だから、少しだけ話すね」
そこから彼女が話してくれた家庭事情はなかなか重いものだった。
お父さんとお母さんは、彼女が小一の頃に離婚したこと。
お父さんは、家では、あいつが駄目だ、こいつが駄目だ、だの言っていたこと。
あるいは、誇らしげに、会社からあいつを追い出してやった、と言っていたこと。
お母さんは、そんなお父さんに愛想を尽かして、離婚を申し出たらしい。
「だから、気に食わなかったら、嫌がらせしていい、って思っちゃったの」
僕の家庭だと、そんな事は考えられないことだった。
でも、それで、なんとなく納得が行った気がした。
「でも、それでいいはずがないよね。本当に許されないことしちゃった」
また、声をしゃくりあげて泣き始めた。
「あのね」
偽善、という言葉が思い浮かんだ。
ただ、これしかないと思った。
「僕はもう許してる。他の皆が友達じゃなくても、僕だけは友達でいるから」
本当は、ただ、可哀想なのと、僕の罪悪感をなんとかしたかっただけ。
「本当に?本当に、佐久間君は友達で居てくれる?」
「そうじゃなかったら、一ヶ月も毎日手紙を届けてないよ」
「その。それじゃあ、これからは、名前で、
「じゃあ、結月。僕の事も、
「ありがとう、健吾。まだ、学校には通えないけど……」
「わかってる。でも、部屋で一緒に遊ぶくらいはいいよね」
「うん。実は……二人で対戦するゲームがいっぱいあるんだけど」
ということで、僕と彼女の、少しだけ変わった、友達としての日々が始まった。
僕と二人で対戦している時の彼女は、無邪気で、可愛らしくて。
とても、以前、僕や他の人をイジメていた時の彼女と同じとは思えなかった。
「健吾とゲームしてる時、とっても楽しい」
「僕も楽しいよ」
不登校だった彼女だけど、次第に笑顔が戻るようになって行った。
ゲームだけじゃなくて、彼女が好きな恋愛マンガの話を聞いたり。
お母さんへの申し訳無さだったり。
ようやく、僕はこの時、彼女の内面を知ることが出来たのだった。
そして、不登校が数ヶ月続いたある日。
「明日、登校、してみようと思うの」
「その……大丈夫?」
「うん。健吾だけは友達で居てくれるから。だから、大丈夫」
「じゃあ、僕も何かあったら、全力で守るから」
こうして、数ヶ月ぶりの登校と相成ったわけだけど。
クラスメート達は、気まずそうだった。
皆、不登校が続くと思っていなかったから、思うところがあったんだろう。
「心を入れ替えて頑張ることにしたから。受け入れてくれると、嬉しい、かな」
壇上で、精一杯の勇気を振り絞った彼女のことはずっと覚えている。
「ああ、その。俺もあの時は言い過ぎたよ」
「私も。ごめん」
「私も」
大なり小なり、罪悪感を皆持っていたのだろう。
元通り、とは行かなかったけど、彼女は再びクラスに受け入れてもらえた。
そんな、奇妙な友達関係が、僕と彼女の始まりだった。
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