第2話 中編

 自邸で知らせを受けてすぐに身支度を済ませ現場へ姿を現したのは、多くの騎士達から尊敬の眼差しを受ける王国騎士団総隊長。

 彼は娘の捜索指示を主導する中、傷の手当てを終えた侍女から報告があると聞いて仮に設置した執務スペースへ通させた。


 何故シシリアが夜会を途中退場したのか。


 何故夜会に同行した婚約者イージスと一緒ではなく、貸出馬車に乗っていたのか。


 何故王宮から離れた道を走っていたのか。


 侍女は馬車の中で聞いたシシリアが夜会で見聞きしたこと。そしてシシリアから黙っているよう言われていたこれまでの婚約者との関係。シシリアがいかに両親に心労をかけないように振る舞い行動していたかを涙を堪らえながら話した。


 話し終えてからもシシリアが見つかるまで残ると言ってごねる侍女に屋敷へ戻ってゆっくり休むように指示を出して帰らせた。

 総隊長が侍女の話を聞いている間机の上に置いて握りしめていた拳はふるふると震えていた。そして今その拳に覆いかぶさるように額を付けると彼は閉じていた瞼に堪えるようにさらに力を込めた。


 シシリアが見付かったとの知らせを聞いても取り乱すことなく落ち着いた様子でそちらへと向かう総隊長を、近くにいた騎士や警備隊員達が見送り付き従った。

 その付き従った者達は川の近くの民家の一室で対面したシシリアの姿にも涙を堪え歯を食いしばる総隊長の姿から目をそらした。

 少しの後、総隊長は大きく息を吐いてからシシリアの濡れた前髪をそっと額から避けてキスをする。そして自分が着ていたコートをそっとかけた。


 一一一一一


 婚約者同士の交流にはお茶会やお出かけ、手紙のやり取りなどがある。

 婚約から三年目になった今年の春、シシリアとイージスが王都学園に入学してしばらくするとイージスからはお茶会の欠席や取りやめの連絡が続くようになり、イージスからの手紙も数を減らしていき、やがてそれはシシリアからの一方的なものになった。

 パートナーとして夜会やパーティなど人目につく場所へのエスコートをする時だけ屋敷へ迎えに来てくれるもののファーストダンスを踊ることもなくなった。

 そんな寂しい学園生活の中でもシシリアは友人達が心配して話かけてくれることが嬉しくありがたかった。


 幼馴染としての交流からの婚約。

 溺れるような恋ではなかったがシシリアはイージスのことを慕っていた。

 互いのことは良く知っており、共に過ごす時間も楽しく心休まるものだった。

 しかしそれはシシリアだけのものだったのか。


 寂しい表情をするようになったシシリアのことを侍女は心配していた。自分以外には今まで通り穏やかな笑顔で対応するシシリアを痛ましく思っていた。

「本音を吐露できる相手はあなただけなの」

 と、申し訳無さそうにシシリアは侍女に言った。

「周りの方達が何を言われようとも私はイージスの言葉を待つことにしたの。最近はお茶会や学園で会えないから彼と直接お話をすることはなかなか出来ないのだけれど」


 そう言っていたシシリアがあの夜会からの帰りの馬車の中で話してくれた。

 夜会で何を見聞きしたのかポツリポツリと説明してから震える声で

「イージスは私との婚約は間違っていたと言ったのだって。本当だと思うの。だって彼のあんな楽しそうな笑顔は子供の頃に見た以来だったもの。最近は私には作ったような笑顔しか見せてくれなくなっていたのによ。私達はもうお終いなのよ」

 シシリアが諦めたように微笑みながら言ったその時、突然馬車が揺れたと思ったら体に強い衝撃を受けて侍女は意識を失った。


 

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