お嬢様は亡くなられました

金色の麦畑

第1話 前編

「お嬢様を誰にも見せるなとの旦那様からの厳命を頂いております。わざわざお越しのところ誠に申し訳ありませんがこのままお帰りくださいませ」


 婚約者の訃報を聞き急いで駆けつけたイージスは婚約者の姿を見ることなく屋敷の玄関で執事によって丁寧に追い返された。

 突然届いた自分の婚約者の死。すげなく追い返された現状。イージスはこちらへ向かう馬車の中でもずっと頭の中に霞がかかったかのように思考がはっきりしなかった。

「シシリア…シシリア…」

 彼は亡くなった婚約者の名前を繰り返し呟きながら降りたばかりの馬車へとゆらりと再び乗り込んだ。

 その気の抜けた姿を見つめる侍従の眼差しは「何を今更」と言わんばかりに冷えていた。


 一一一一一


「シシリア様との婚約は間違っていたとイージス様がおっしゃっていましたわ。その証拠に今日のファーストダンスも私と踊って下さったでしょう?」


 耳に残るのは可愛らしい声で知らされた悲しい事実。胸がジクジクと傷んだ。思い出されるのは先程の令嬢と楽しそうにステップを踏む婚約者イージスの姿。

 夜会へのエスコートはいつものようにしてくれた。

 しかし会場に入りシャンパンを飲みながら幾人かと挨拶を交わした後、イージスはシシリアから次第に距離を取るようになりいつしか見えなくなった。

 やがてファーストダンスの時間が近づいても戻ってくることはなかった。

 そして始まったファーストダンスでイージスがパートナーにしたのはあの令嬢だった。

 自分に向けられる作られた笑顔とは違う心から楽しそうな顔であの令嬢に微笑む姿にドロドロした感情を覚えた。

 そして知らされた婚約者の心情。

(ああ、もうこれまでなのだわ…)

 夜会の会場を後にして侍女と合流すると、主人の様子を心配する彼女に馬車の中で説明するからと貸出馬車を用意するよう指示を出した。

 このまま直接自邸へ向かうと早すぎる帰宅に両親が心配するだろうと、御者に王都を一周してから自邸へ行くように伝えさせた。


 やがて王宮から出た馬車が王宮から見て王都の中心から反対側に架かる橋を渡ろうとしたところで悲劇が起きた。

 突然暴れ始めた馬に馬車が振り回されて橋の欄干を破壊してぶら下がってしまった。

 まだそれほど遅くないこの時間。賑やかな街中に響いた甲高い馬の鳴き声と慌てる人々の叫び声。


 シシリアが酷く打ち付けられて痛む頭を抑えながら見回せば、向かいの席に座っていた侍女が気を失って窓に打ち付けられており、侍女の横にある扉は下半分ほどが破壊されて尖った破片が見えている。

(何が起こったの?)

 なんとなく破壊された扉を見ているとガタンと再び馬車が大きく揺れた。

 近づく扉の尖った破片に恐怖を感じてギュッと目を瞑った。その瞬間体のあちこちに生じた激しい痛みに悲鳴をあげた。しかし悲鳴は強制的に途切れさせられた。


 ザブンッッ!!


 欄干にぶら下がっていた馬車の扉から悲鳴とともに落ちた声の主は高さのある橋下の川へと落下した。


「誰か落ちたぞ!」


 川岸へ駆け寄る者、警備隊を呼びに行く者、馬をなだめようとする者、振り落とされた御者の世話をする者もいる。

 しかし、半分以上落ちかかった今も揺れる馬車に近付く者は誰もいなかった。

 しばらくたって駆け付けた警備隊と街の者達によって引き上げられた馬車の中には気を失った侍女と見られる女性が一人。

 打撲とかすり傷で済んだらしい侍女から先程落ちた女性の身元を聞いて警備隊員達はどよめいた。

 王都警備隊も配下に置く王国騎士団総隊長の愛娘シシリア譲だったとは!

 急ぎ王宮と総隊長宅へと知らせを走らせ、別の警備隊にも連絡を出すと大規模な川の捜索を開始した。

 しかし暗くなったことで難航する捜索を続けること数時間後、下流で見つかった傷だらけのシシリア譲は既に息をすることなくその体も冷たくなっていた。


 

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