SF ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years
第8章 1945年 マイナス18 - 始まりの18年前 〜 5 浅川隆文(2)
第8章 1945年 マイナス18 - 始まりの18年前 〜 5 浅川隆文(2)
5 浅川隆文(2)
「実はあした朝一番で、実家のある福井へ行こうと思ってる。だから、もしよかったらだけど、一緒に来て、もらえないだろうか?」
そう言って、彼は真剣な顔を崩さないまま、智子の顔をじっと見つめた。
一緒にとは、単なる旅行への誘いだろうか?
はたまたもっと、深い意味があったりするのか?
一瞬そんなふうにも考えたが、深い意味など今の自分に向けられるはずがない。すぐにそう思い直して、智子はおどけた感じで言って返した。
「それって、まさか結婚してって言ってるの?」
違うって、そんなんじゃないよ――と、きっと慌ててそんな応えが返ってくる。そう思っていたところに、彼の返事はまるで違って響き返った。
「そうだ。僕と、結婚してほしい」
「……子供が、いるのよ」
「知ってるさ、だから結婚して、これからは二人で育てよう」
自分が今、ナニ言ってるかわかってる? 思わずそう言いかけて、智子はなんとか口にせぬままそんな言葉を呑み込んだ。
「あたしがいったい、何人の男に抱かれたと思ってるの?」
「だから、今日を限りに今の仕事はやめてほしい。それで、そんなのすべて忘れ去って、僕についてきてほしいんだ……」
彼はさらにそう続け、智子に向かって頭を下げた。
もしも浅川と一緒になれば、きっと普通の幸せをつかむことはできる。しかしそうなればどうしたって、あの不思議な記憶については忘れ去るしかないだろう。
それにあの日……、必死に働いて、友子と幸せになると誓ったことも、
――自分の力でやり遂げなきゃ、意味ないわ……。
などと無理やり思って、浅川の申し出を断ろうと智子は決めた。
ところがやんわり断っても、浅川はなかなか諦めない。どうしてだ? 他に好きな男でもいるのかと聞いて、そんな人いないと答えれば、ならばどうしてなんだと食い下がる。
きっと智子がすぐにでも、首を縦に振るだろうと思っていたのだ。
ところがやんわりとだろうが断られ、相当ショックだったに違いない。
だから智子はさらに言った。ちゃんと子供を引き取ることができて、その頃になっても同じ思いでいてくれたなら、もう一度プロポーズしてほしい。そう告げて、智子は浅川の前で深々頭を下げたのだ。
そうしてやっと浅川の顔から硬さが取れて、ほんの少しだけ笑顔が覗いた。
だから話題を変えようと、智子は少し慌てて聞いたのだった。
「そう言えば、今日は日曜日だからわかるけど、明日からってことは、会社はお休みしてご実家にいくの?」
正確には知らないが、福井までなら十時間やそこらはかかるだろう。となれば日帰りはまず無理だし、そんなことがほんの少しだけ気になった。
そしてそんな言葉に、ここひと月休んでいなかったから……と彼は言い、
「だから四日ほど休暇を取ったんだ。それに僕らの商売は土日とか関係ないし、みんなが交代交代で休むことになってるから……」
そこで一旦言葉を止めて、浅川はフーッと大きく息を吐いた。
それから智子の方へ少し顔を突き出し、
「実は明日、お袋が還暦の誕生日でね、ここのところずっと帰っていなかったから、智子を連れて帰って、実家のやつらを驚かそうと思ってたんだが、ね……」
あ~あ、残念! と、大きく口をはっきり開けて、彼は声に出さずにそう言った。
すると一気に目を見開いて、
「え、そうなの? わたしもあした……」
そこまで答えて、智子は突然口ごもるのだ。わたしもあした誕生日なの……スッと出かかったそんな言葉に、続いて浮かんできたのが思いも寄らない昔の記憶。
――わたしが一歳になった日に、大きな地震で何千人もの人が死んだ。
そんな話を、誕生日のたびに耳にしていたように思うのだ。
昭和二十二年、六月二十八日。
これが記憶にある誕生日で、その翌年の同じ日に、きっと大地震は福井で起きた。
「ねえ、浅川さんのご実家って、福井県だって言ってたわよね……それって、まさか大和百貨店のそば、じゃないでしょ?」
「そばってことはないけど、同じ福井市だからね、大和のある一丁目なんて、自転車でちょっと走れば着いちゃう距離だよ。でもさ、え? どうして、大和デパートなんて知ってるの? もしかして、福井に親戚でもいる?」
彼のこんな返答に、一瞬、智子の目の前は真っ暗になった。
確か、歴史の教科書にも載っていた。そんなページにあった白黒写真が今でもしっかり思い出せる。崩れ落ちそうな百貨店が写っていて、何万という人が焼け死んだり怪我したりした。
もし、智子の記憶が嘘っぱちなら、大和百貨店だってデタラメのはずだ。なのに浅川はその百貨店を知っていて、となれば大地震だってきっと起きる。
「ダメ! ぜったいダメ!」
思わず智子は立ち上がり、周りが驚くくらいの大声を出した。
「明日は福井に行かないで!」
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