第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 3 革の袋(2)

 3 革の袋(2)




「それじゃあ、わたしはこれから出かけますので、ご自分の庭だと思って自由になさってください……」

 不思議なものだが、過去の記憶に頼ることなく、そんな言葉がスラスラ声になっていた。

 予定通り、午前中に一度家を出た剛志だったが、その日は思いの外冷えて、そんなことでやっと離れの寒さを思い出した。

 剛志がこの屋敷に住み始めた頃、すでにあの離れはもうあって、そこだけがセントラルヒーティングと繋がっていなかった。二間の部屋それぞれにオイルヒーターが置かれていたが、とにかく部屋全体が温まるのに時間がかかる。目に触れないようヒーターに目隠しがされていたから、そのせいもあって余計時間がかかるのかもしれない。

 ――確かあそこに入った時には、部屋はすでに暖かかった。

 そんなことを思い出し、剛志は慌てて家に戻った。

 そうして暖まるのを待っていたら、約束の時刻が近づいてしまう。

 とにかく着ていたジャケット、コートを脱ぎ捨て、代わりに厚手のニットとダウンジャケットを慌てて着込んだ。さらにニット帽を目深に被って、門柱のところで三十六歳の彼が現れるのを待つことにする。

 やがて見覚えのあるスーツにコートを羽織って現れ、ニット帽の剛志はそのまま門の外に出て行った。

 確かあの時、自分はまっすぐ離れに入って、それから一時間は出ていない。だから離れに入った頃を見計らい、剛志は再び門から中へ入っていった。

 もちろん離れの方には向かわずに、屋敷の東側から裏手に回る。そこから離れと岩が両方見える、屋敷の西側まで必死に走った。用意していた折り畳み椅子を広げて、ただただマシンの登場だけを待ったのだ。

 なんと言っても、今日はただ見ていればいい。それでも剛志はこの時、二十年前とは比べものにならないくらいに興奮していた。それから一時間ほどが経過して、彼がコートの襟を立て、ようやく離れから姿を見せる。

 ただこの段階で、彼は何かが起きるとはそれほど思っていないのだ。

 だからその姿に緊張は感じられず、辺りの様子に目を向けようともしない。

 そうしていきなり、あれが岩の真上に現れる。ゆっくり地上に向かって下り始め、そうなってやっと彼も気がついたようだった。

 そこからも、何もかもが記憶のままだ。空中からスロープが現れ、あっという間に階段へと変化する。その後、智子が階段上から現れた時、もっと近くで顔を見たいと強く思った。

 しかしこれ以上近づけば、剛志の姿は丸見えだ。だから屋敷から二人が出てしまうまで、ただただじっと待ったのだ。

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