第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 2 大いなる勘違い(3)

 2 大いなる勘違い(3)

 



 そんな時に突然、最近替えたばかりの電話が電子音を響かせる。彼は足早に電話のところまで駆け寄って、妙に軽い受話器を手にして耳に当てた。

「もしもし、岩倉でございますが……」

 そう言って、いつものように相手の声を待ったのだ。

「突然すみません。わたくし、児玉と申しますが……」

 そこで思わずハッとして、受話器を握る指に力が入った。さらに続いた言葉によって、彼は一瞬パニック状態に陥ってしまう。

「……実は、少し聞いていただきたいお話がございまして……」

 これ以降、慌てふためいて何を話したのか覚えていない。ただ水曜日だという記憶はあったから、明後日であれば何時でもいいと伝えたことだけは間違いない。

 ――あれは、同じ週の月曜日、じゃなかったのか……!?

 初めて岩倉邸を目にしたのが日曜日だった。

 そしてその翌日の月曜日、会社の会議室から岩倉氏の家に電話をかけた。

 剛志はこれまで、あの日を〝三月七日〟なんだと思っていたのだ。ところが電話のあったのは二月の五日で、あの緊張の一日はそれから二日後の〝二月七日〟のことだった。

 こんな大事なことを、剛志はこの瞬間になってやっと知った。

 ――くそっ! どっちも水曜日だからか……。

 奇しくも三月、二月とも、どちらも七日は水曜日だった。

 きっとそんなことで、いつしか勘違いをしてしまったか……?

 ――ということは、あの電話もそうだったのか?

 伊藤と智子のことを聞いてきた、奇妙な電話によって伊藤との約束を思い出した。

 ――あれも二月、だったんだ……。

 そして明後日には、三十六歳の剛志がこの家までやって来る……。

 ただ、髭は思い通りに伸びているし、幸い伊達メガネも手に入れたばかりだ。

 思い返せばあの時、剛志はずいぶん緊張していた。それでもあのくらいの緊張は、人生で何度も経験済みだし、待っているのが自分だなんて露ほども思っちゃいないのだ。

 しかし、今度ばかりはぜんぜん違う。

 剛志はすべて知っていて、若かりし頃の自分を相手にやりきらねばならない。そんなことを想像するだけで、あの頃以上にカチカチの自分が容易に想像できるのだった。

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