第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 2 大いなる勘違い(2)

 2 大いなる勘違い(2)

 



 さらにこの頃から、節子は剛志をしょっちゅう旅行に誘うようになる。あっちこっちからパンフレットを取り寄せ、彼にどこがいいかと聞いてきた。

「せっかく日本人に生まれたんだから、まずは日本中を知っとかないとね……」

 そんなことを彼女は言って、ひと月に一回は剛志を旅行に連れ出すようになった。

 そうして、あっという間に十年だ。国内の主だった観光地は行き尽くし、この頃ではヨーロッパ旅行などにも行くようになる。

 ただし、そんなのが問題なのだ。

 剛志は飛行機が大の苦手で、長いフライトの場合は自ら留守番を申し出る。そんな時、ブーブー文句を言いながらも、節子はしっかり一人で出かけていった。

 そうしていよいよ、二度目となるあの日が、ひと月ちょっとに迫ってくる。

 そもそも、あれは自宅の庭で起きるのだ。節子がいればどうしたって気づかれるし、なんとしても外出するよう仕向けなければならない。

 ところがなんとも幸運なことに、運命の日の二日前、三月七日出発のツアーに行かないかと節子が突然言い出した。さらに目的地はフランスなんだと言ってくる。

「地中海に沈む夕日を、あなたと一緒に見たかったのに! お城が遠くに霞んで見えて、最高に素敵だってところなのよ! 今どき、飛行機が怖いとかヤメてほしいわ。ねえ、どうして八時間以上はダメなのよ」

 フランスは八時間以上かかる――だから行けないと、剛志は頭を下げたのだ。節子は呆れ顔でそんな疑問を口にするが、どう説明しようがわかってはもらえるはずがない。

 もちろん今回だけは、どんな短いフライトであっても答えはノーだ。さらに十二時間を超える長旅となれば、断るために嘘をつく必要さえない。

 あのエンジン音が聞こえてきた途端、彼の心臓は一気にバクバクし始める。そうして浮き上がった瞬間から、ずっと生きた心地がしないのだ。だから搭乗前から酒をガブガブ飲んで、できるだけ早く酔っ払って寝てしまう。

 運が良ければ節子に起こされるまで寝っぱなしだし、運悪く目が覚めても、だいたい残りは一時間くらいのフライトだ。

 そのくらいなら、また酒を飲んで我慢できないこともない。

 ところが十二時間のフライトとなれば、そんな我慢がさらに五時間続くことになる。そうそう寝ようったって寝られないし、これこそが地獄の時間となるのだった。

 そして当然節子にも、彼のリアクションなど予想できていたはずなのだ。となれば、きっと最初から、一人で行ってもいいくらいに考えていたんだろうと思う。

 結果、ツアーには節子一人が行くことになり、あの日は剛志がひとり留守番となる。これ以上ない塩梅に、剛志はホッと胸をなでおろしていたのだった。

 そうしてさらに、あの日からひと月と二日前のことだ。その日はよく晴れ上がった月曜日で、節子は料理教室の生徒たちと温泉旅行に出かけていた。

 帰ってくるのは二日後の夜。一人残された剛志が、そろそろ畑に出ようかなどと思っていた頃だった。

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