第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 1 髭と眼鏡と……真実と(3)

 1 髭と眼鏡と……真実と(3)




「あなたが名井さんなんですね! いやあ、これはなんという驚きだ! ようこそおいでくださいました。さあ、そんなところにいらっしゃらないで、どうぞどうぞ、こちらにかけてください。今、お茶を出させますから……」

 そこまで一気に口にして、

「いや、お茶はやめましょう! もし、お時間があるなら出ませんか? いや、なくても是非、今日はわたしに付き合ってください」

 さらにそう言ってから、男はデスクに置かれた受話器を手にする。すると待ち構えていたように相手がすぐに出たらしく、

「お客様と外出するから、駐車場に車を一台回してくれ」

 視線は剛志に向けたまま、社長であろう男はそんなことを口にした。

 もちろん時間はいくらでもあったし、何よりちゃんとした真相を知りたかった。

 だから言われるままに頷いていると、それから十分足らずで、いかにも高級そうな小料理屋に連れて行かれる。好き嫌いはないかと問われて、特にないと答えたところで和室の襖がスッと開いた。現れたのは板前らしき老年の男で、聞けばこの店の主人だという。

 きっと、よほどの上客なのだ。そんな印象をたっぷり見せて、二人のやりとりがササッと終わった。ビールの注文と、あとは「いつもの感じで……」と口にして、彼は真剣な顔を剛志へ向ける。

「実は名井さん、わたしはあなたのことをずっと探していたんですよ。どうしても一度お目にかかりたくて、あなたの住んでいた世田谷のアパートを見つけましたが、そこにはもう、あなたは住んでいなかった」

 きっとその時にはすでに、剛志は病院に担ぎ込まれていたのだろう。

 それからの短い間、飲み物が運ばれてくるまでに剛志は何度も衝撃を受けた。

 彼はそこで改めて自己紹介し、続けて亡くなったという兄について話し出した。そしてその人物こそが、剛志の記憶にある酒の弱い方、だったのだ。

「兄は、あなたの企画したミニスカートを、一万着以上生産していたんです」

「どうして……そんな量を?」

「きっと、絶対に売れると信じていたのでしょう。ところがまるで売れなかった。あなたがお辞めになった後、彼なりにいろんなところに売り込んではいたようです。しかしどの小売店も、あんな短いスカートが売れるなんて思ってはくれない。それはそうですよね。膝小僧なんて丸出しで、身長によってはさらにその上だって出てしまうんだから……」

 ところがある日、突然銀座のデパートから電話が入ったらしいのだ。

「兄はね、取引先に自宅の番号を伝えていたんです。たまたま家にいたわたしが電話に出ましてね、サイズは他にあるかって言うんで、わたしは事実を正直に伝えたんですよ。そうしたら、各色各サイズ十着ずつ送れって言ってくる。まあその時は、正直半信半疑でしたよ。まさか、いたずら電話か? なんてことまで考えましたから……」

 もちろん、いたずらなどではなかった。さらにそれから一年ほどの間に、有名どころのメーカーが次々とミニスカートを扱い始める。

「最初はね、発送を工場で対応していたんです。ああ、そうそう、実はわたしの叔父が福島で縫製工場をやっていましてね、兄はそこに縫製の発注をしていたんです。だから受注した叔父が怒っちゃって大変でしたよ。工場に積み上げられた製品の写真を送りつけて、いつまで預かっていればいいんだってカンカンでした。兄は叔父に生地屋から直接生地を買わせていたんで、その支払いだってけっこうな額になりますから、まあ当然といえば当然ですよね」

 そこまでは、目の前のグラスを見つめながらの声だった。

 ところが急に顔を上げ、剛志の顔をじっと見つめた。

「だけどそんな時、いきなり銀座から追加注文が入って、それから徐々に、他からも新規の注文が入り出すんです。きっとね、名井さんが最初に売り込んだ場所がよかったんでしょう。なんと言っても銀座ですからね、日本中の業界人が注目している。そしてなんたって、あの有名な歌手があれを着てテレビで歌ってくれて、それがもう、まさに決定打でしたよ……」

 ミニスカートはあっという間にブームとなって、当然その頃には他社からも、似たようなスカートが次々と発売された。

「そのおかげで、叔父の工場は大きくなりましたし、わたしも兄の会社を復活させて、まあなんとか……今日に至っているというわけです」

 それもこれもミニスカートのおかげだと、彼は何度も頭を下げて、剛志の両手を握りしめた。

 この男こそ、元の時代で世話になっていた小柳社長だったのだ。

 会社を立ち上げたのは兄の方で、さらに噂にあったように、倒産のショックで失踪したなんて話も嘘っぱちだ。

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