第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 1 髭と眼鏡と……真実と(4)

 1 髭と眼鏡と……真実と(4)




「突然、血を吐いて倒れたんです。だから会社は休眠状態にして、嫌がる兄を無理やり入院させたんですが、その時にはもう、完全に手遅れでして……」

 それからもう一人の小柳は、たった三ヶ月であの世に旅立ってしまったらしい。

 その後も、ほとんど小柳社長が喋って、剛志はずっと聞き役だった。ただ時折、剛志が疑問などを声にすると、彼はそのほとんどを否定の言葉で返すのだ。

「いやいや、名井さんがいらっしゃった頃には、兄はもう病気だったと思います。もしかしたら彼自身それに気づいていて、だから焦って、あんな大量にオーダーをかけたのかもしれません。ただどちらにせよ、すべては、彼自身の判断ですから……」

 だからあなたに罪はない。そう言われて、剛志はそれでもポツリと言った。

「でも、わたしがミニスカートの企画など持ち込まなければ、彼はもう少し長く、生きていられたんじゃないでしょうか……?」

「ただそのおかげで、兄の会社もここまでになったんです。だからきっと今頃は、あっちで大威張りしていると思いますよ。ほら見ろ! だから売れるって言ったんだ……、なんてことを言いながらね」

 弟の方はそう言って、人差し指で天井を指差し、ニコッと笑った。

 結果、剛志はそこそこ酔っ払って、店を出たのは日も暮れかかる頃となる。もちろん会計は小柳氏持ちで、剛志は何度も頭を下げて彼の車を見送った。

 元の時代でも世話になって、今回もある意味彼のおかげで救われた。

 彼が会社を引き継いでなければ、この先もすべてを知らないままだったろう。失踪したのは自分のせいだと思い続けて、ミニスカートを目にするたびに心乱れていたかもしれない。

 結局、剛志は時期を間違えたのだ。

 そもそも東京オリンピックの年に、大流行するなんてのが大間違いだった。

 実際はその翌年の暮れぐらいからポツポツと売れはじめ、大ヒットするのはさらにそれから数年後のことだ。

 ただとにかくこの日本では、ミニスカートを最初に企画したことには違いない。

さらに言うなら、もし返品漏れがなかったら、あの大歌手はミニスカートを穿かなかったか? それとも多少の時期ズレはあっても、やはりあれを身につけて新曲を披露したのか……?

 まあなんであれ、きっと何も変わらないのだ。

 一点だけあったという返品漏れも、一万着以上という発注数も決まっていたことで、そんなこんなぜんぶひっくるめて今がある。

 それでも、もしもう一度、あの時代に戻れるなら、今度こそちゃんとやれると思うのだ。

 なんとしても正一を説得し、病院で精密検査を受けさせる。もちろん交通事故にだって遭わないよう気をつけるし、小柳社長のことも同様だ。

 しかしそうするにはマシンが絶対必要で、もう二度と、戻れないからこその今なのだ。

 店を出てからそんなことばかり考えて、ふと気づけば人形町辺りまで歩いてきてしまった。

 ――いかん! 早くしないと、夕飯に遅れてしまう。

 最近節子は、自宅で料理教室まで始めていた。

 そんなだから当然のように、何も言わなければ手の込んだ手料理を用意してくれる。もちろん先に食べたりしないから、あんまり遅くなるのはどうしたってまずい。腕時計を見れば、すでに五時を回ろうとしている。

 彼はそんな認知の後すぐに、営団地下鉄、人形町駅に向かって全速力で走っていった。

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