第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 1 髭と眼鏡と……真実と(2)

 1 髭と眼鏡と……真実と(2)

 



 べっ甲の中で、もっとも高級だと言われるオレンジ色の白甲をいくつか選んで、その中で一番太めのデザインに決める。ところが鏡の前で掛けてみると、どうにもまだまだ物足りない。

 ――やっぱり、目は口ほどにものを言う、なんだな……。

 だからと言って、まさかサングラスってわけにもいかないから、とりあえず薄茶色のレンズにしてもらうよう店員に頼んだ。

 そうして目的のものを手に入れ、彼は銀座の大通りでなんとはなしに思いついた。

 ――あそこは今、どうなっているんだろう?

 銀座から日比谷線で小伝馬町に行って、小柳社長の会社があった場所はどうなっているか、ふと、彼は知りたいと思ったのだった。

 掘っ建て小屋からスタートし、元の世界では立派なビルを建てていた。

 ところがなぜかこの世界では、起業から一年保たずに廃業へと追い込まれている。ただ不思議なのは、たとえミニスカートが売れなくても、商売はいくらだって続けられたということだ。

 あのスカートは最小ロットの生産で、せいぜい百着くらいしか作っていなかった。普通ならその程度のことで――家賃や借金がないのだから――いくらなんでも倒産などしないだろう。

 なのにこの時代の小柳社長は倒産どころか、行方不明にまでなったらしい。

 結果、生きているか死んでいるのかさえわからないままだ。だからこそ余計に、あの場所のことを強く知りたいと思うのだろう。そして銀座同様、小伝馬町もまさに記憶にあるままだった。

 ――どうして!? どうしてあのままなんだ……?

 遠くにそれらしい建物が見えて、一気に心臓の鼓動も速くなる。

 行方不明だった社長が戻ったのか? それとも噂自体がデタラメだった?

 次から次へと疑問が浮かぶが、どれもこれも現実的ではない気がする。

 変わらずに、ビルはそこにあったのだ。

 見覚えのある建物がそびえ立ち、社名もロゴデザインも記憶にあるそのままだ。

 剛志は会社の前まで走って、荒い息のまま二十階建てのビルを見上げてみた。しかしどうにも記憶通りで、あとは中に入って確かめるしかない。だからそのまま一階にあるショールームに入っていき、その先にいる受付嬢へドキドキしながら声をかけた。

「小柳社長にお会いしたいのですが。わたし、彼の古い知り合いでして、千駄ヶ谷時代にお世話になった者だとお伝えいただければ、きっとおわかりになると思います」

 さらに岩倉ではなく、名井という名を受付嬢に言づけた。

 この時点で不審がられていないから、少なくとも社長は小柳というのだろう。

 であれば、ここはあの会社だろうし、もしかすると意外とすぐに、小柳氏は舞い戻っていたのかもしれない。

 そして案の定、彼はあっさり最上階へ上がることを許される。

 それから社長室の扉が開かれるまで、剛志の期待は膨らんでいた。小柳氏は今一度チャレンジし、本来あるべき未来を取り戻していた。そんなふうに想像したが、扉が開いたその瞬間、真実はまるで違っていたと思い知る。

 顔が、ぜんぜん違ったのだ。

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